JASCA主催/FENICS共催「ジェンダー、ライフ、ワークを語り合うパラレルサロン」(2021/12/03開催)

「子連れフィールドワークしてみる?」サロン 店主:椎野若菜(東京外国語大学)
 

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JASCA主催/FENICS共催「ジェンダー、ライフ、ワークを語り合うパラレルサロン」(2021/12/03開催)

報告者:下山 花(京都大学・大学院生)

サロンの第2部で開催された椎野若菜さん率いる「子連れフィールドワークしてみる?」には、終始10名から最大14名が参加した。椎野さんが司会をつとめ、まずは参加者の自己紹介、子連れフィールドワークを経験してきた椎野さんご自身の経験の共有がおこなわれたのち、参加者からの質問とそれに対する体験が共有された。

当サロンには、子ども持ちの人が多く参加した。1歳未満の乳児をもち、フィールドワークに行くことを考えている方や、既に子連れでフィールドワークの経験をしたことのある方がいた。会の後半におこなわれた座談会では、子どもと一緒に行ったフィールドワークの苦労話や、行くまでの準備、フィールドでの出来事、2人目をもつタイミングに参加者の関心が集まっていた。会の進行に従い、議事録をまとめる。

自己紹介をしてくれた人の中には、中学生以下の3人の子どもを持ち、コロナの収束後のフィールドワークをどうしようか考えている人や、2021年3月に子どもが産まれ、子連れでフィールドワークや研究を続けてきた先輩たちの話を聞きたい人、2021年9月に出産し、子連れのフィールドワークにおける苦労話を聞きたいと思い参加した人、2021年1月に子どもが産まれ、フィールドワークにも行きたいが2人目も考えており、そのタイミングに悩んでいる人、来春就職する子どもがおり、夫と子づれでフィールドワークをした経験を持つ人などが参加した。

その後、椎野さんが、ご自身も編者として関わっている本『女も男もフィールドへ』の内容紹介をおこなった。その本には、子どもを持った後に、フィールドワーカーや人類学者をどのように続けていくかというテーマに対して複数の研究者が寄稿をしている。妊娠と出産、そして子育ては何が起こるかわからない、そして対象にしているフィールドの場所によって体験が異なると話していたのが印象的だった。キャリア形成と妊娠、産むこと、母になることは、身体的な知識をもち、計画的にしなければならないことが多く、数少ない実践を身近に見て、話を聞き、それぞれが自分らしい方法を見つけていく必要があると椎野さんは主張した。さらに、女性だけを対象に話しているのではなく、男性も積極的に参加し、双方が意見交換をすることが大事であると話した。

椎野さんはそれから、これまでにご自身が開催してきた関連サロンの紹介と、感想を述べた。参加していた小児科医に「そこまでしてフィールドに子どもを連れていきたいの?」と問われ、用意周到にしてまで自分自身がフィールドに行きたいという情熱に気づかされたと言った。椎野さんは、「確かに、子連れでフィールドに行くと、子どものことが気になったり、調査地を変えたりと調査は思うように進まないかもしれない。しかし、一日でもいいからフィールドの人に会いたい、フィールドとのかかわりを継続的にもっていたいという自分の気持ちに気づけた」と話した。関わりを持ち続けることが大事なのは、フィールドとだけでなく、研究世界ともであると椎野さんは強調した。出産後は研究とは異なる環境に身を置くことになる。椎野さんの場合、研究会からの依頼や論文に対するコメントなどが育児期間に自分の心の支えになったという。

サロン全体で、子どもをもつことを含め、キャリア形成に関する情報や経験を共有することの意義を確かめたところで、椎野さんがご自身の経験にもとづき、妊娠、出産、研究、フィールドワークの話を具体的にしてくれた。椎野さんの話の中で、印象的だったことが2点ある。まずは、出産後は研究の取り組み方を変え、共同研究を中心に取り組んだことである。共同研究に参加することで、誰かと一緒にフィールドに行くことができたという。つぎに、子連れフィールドワークで調査を順調に進めるには、子どもが海外の環境になれることだけでなく、調査者自身が子をつれておこなうフィールドワークになれることが大切になるというメッセージが印象に残った。子守と信頼関係を築くには時間と労力が必要で、フィールドに安心できる子守が見つかるまでは、子どものことが心配で調査に集中できない日々が続いたというご経験をもとづく教訓には説得力があった。

椎野さんは、2012年に第一子を高齢で出産し、その後一人で育児をおこなってきた。2018年には、第二子を出産した。第二子を妊娠中に親の介護が必要になり、出産まではメンタル面で苦労した時期を送った。出産当時を振り返り、出産後は、それまではあまり親しくなかった後輩たちがごはんの差し入れをもってきてくれたり、服をくれたり助けてくれた。1人目のときは教授会に子どもを連れていける雰囲気ではなく、自身が遠慮していた。第2子のときは、教授会に子どもを連れて行くようになり、AA研がキッズマッドなども買ってくれ、周囲の人たちが子どもを気にかけてくれ、大変ありがたかった。非常勤講師には産休がなく、産後3か月で子どもを連れて授業をしたと話した。

椎野さんの話は、子連れフィールドワーカーとしての体験談に移った。椎野さんがケニアとウガンダに初めて子連れでフィールド調査にいったのは、第一子の息子さんが4か月の乳児の時だった。「すべての予防接種をうけ、有料ラウンジでトランジット12時間を過ごした。母乳で育てていたので、子どもの食べ物の心配はなかった。スーツケース半分はおむつが占めていた。ナイロビでは、日本人駐在員や、院生、PDの人びとが子守をしてくれ、大変お世話になった」と当時を振り返り話した。その時の調査は、村に行けず、公文書館で文献の調査をおこなったり、村の人を首都に呼び、村の状況を聞いたそうだ。移動には、決まったタクシーをつかうようにしていた。出産後は、フィールドワークの方法を変え、共同研究をメインにし、フィールドに行く際は誰かと一緒に行くことができたと経験を語った。

2回目の子連れフィールドワークでは、国際学会に参加したのちケニアとウガンダに行った。学会発表の準備期間中および、国際学会当日には椎野さんのお母さんが同伴し、お母さんの協力に助けられたという。学会参加後は、ケニアとウガンダに2週間滞在した。調査期間中、メイドに息子を預けようと思っていたが、子どもがメイドになれるには時間がかかり、安心する人に預けることが難しい経験をしたことをうけ、人に預けていたとしても、信頼できる人でないと、子どものことが心配になり、調査に集中することができないと語った。

第一子が2歳になり、3回目のフィールドワークに行った椎野さんは、その時の様子を振り返り、調査者自身も疲れ切っていて、子どもも長距離の移動で疲れていて、調査者がけがをしたり、子どもは病気にかかったり大変だったと話した。

3歳になった第一子を連れてのフィールドワークでは、子どもは海外に慣れ始め、メイドさんにも慣れてきた。人に子どもをあずけて、単身でフィールド調査にいくことができるようになったと振り返った。

2020年に、第一子を日本に置いて、第二子だけを連れてフィールド調査に行ったときのことを振り返り、第一子とちがい、第二子はフィールドに早く慣れ、友達を作っていた。子どもの性格の違いだけでなく、調査者自身が子どもを連れてフィールドワークすることに慣れてきていたこともフィールドでの子どもの振舞いに違いがでてくる可能性があると、話した。

椎野さんの体験談がひと段落すると、悩みや質問のある参加者が子育てフィールドワークの先輩に質問をしたり、参加者同士で経験を共有しあう時間になった。まずは、椎野さんの体験談に関連した質問がいくつか交わされた。乳児を連れてフィールド行くときに重宝した持ち物は?という質問が参加者から挙がり、子連れフィールドワーカーの先輩が答えた。「お気に入りのおもちゃをもっていった。おもちゃを少しずつだしては違うものをだしてというのを繰り返していた。知り合いが、3歳のこどもをフィールドにつれていった。」と食べ物の悩みへと話題が広がり、ほかの参加者から「おなかをすいても現地で手に入るものを食べてくれなかった。子どもの健康があって自分の調査ができる」という話も聞けた。重宝した持ち物には「少し子どもが大きくなったら、iPadでもいいかもしれない。」という意見も挙がった。

AA研での会議の様子の変わりよう(キッズ用のマットの購入や子どもを可愛がってくれる周りの人たち)に驚いた、自ら何か行動したか?と、椎野さんの体験談に対して質問が寄せられた。椎野さんは、「堂々と子どもをいろんな場所に連れていくことで、会議や研究所の雰囲気がかわった、第1子のときは自分が子どもを連れていくことを遠慮してしまった」と答えた。子連れでマレーシアの大学に務めていた参加者からは、「働いている大学では子連れでいくことが当たり前の環境だった。日本に帰ってきたときに子連れで研究や教育に参加するのはどうなるのだろうと心配していた」という意見があった。

すると、チャットで質問があり、話題は、夫に子どもを預けてフィールドに行くときの苦労話や愚痴、知恵に移った。ある人は、「日本に手紙をおいていき、夫にポストに投函するようにお願いしていたという話を聞いて、自分も実践してみたが、用意がすごく大変だった」という。またある人は、「科研プロジェクトでどうしてもフィールドに行く必要があり、3か月の子どもを夫に預け、1週間のフィールドワークに行った。結果としては、子どもは全然平気で、大変なのは親の方だったという。調査村の人にあなたの子どもはどこだ?と聞かれ続け、自分は子どものことを思い出し、つらい思いをした。自分はすっといなくなる、周りの人に任せるしかないと思っている。夫がよくいっていたのは、絵本を読むときになると、子どもの絵本にはお母さんしかでてこない、最近では、絵本に父親がでてくるものが売られているようである」と付け加えた。またある人は、「私は、子どもを夫に預けてフィールドに行けるように、夫を育てなければと奮闘して疲れ気味である」と愚痴をこぼした。

次の質問は、乳腺炎になったときの対処法についてだった。乳腺炎に罹った話は椎野さんが体験談で触れられていた。経験者はその当時を振り返り、体験談を共有した。ある人は、マラリアと思うくらい熱がでることがあったという。フィールドワーク先では、かけこめるクリニックを常に把握しておく備えが必要で、病院の評価や状況は時期によって変化することがあるので、そこに暮らしている友達をつくり、最新の情報を集めることを心がけているという。乳を外にだす、あるいは飲んでもらうしか対処方法はないが、調査先では、日本では考えられないような処置をされてしまうこともあるので、注意が必要であると教えてくれた。別の参加者は、日本にいるときに2回くらいかかりそうになったときの経験を話してくれた。乳の量が少なかったが、当時は母乳で育てることにこだわっていて、大変な思いをした当時を振り返り、粉ミルクに切り替えていれば少し気持ちが楽だったと言った。ただ、粉ミルクの場合は消毒が大変で、母乳のばあいは楽だけど、乳離れが遅くなり、断乳が必要になると付け加えた。

話題は、ワンオペになったときの心配事に移った。質問した人は、来年の4月から海外を研究の拠点に移し、ワンオペになる予定で、子守を雇うことを考えており、自分の親に預けることも不安なのに、大丈夫だろうかと不安を抱えて、質問をした。経験者がこの質問に答えた。「ミルク飲ませてとアフリカのメイドさんにお願いした時に「ミルクつくって飲ませたことない」といわれたことがある。一緒に暮らすとなると、時間をかけて探せば、いい子守をみつけられる。自分の安心できる子守をみつけることが、フィールドワークに集中するにはとても大事だと思う。なついた人をフィールドに連れていくことが大事だと思う。長期の調査であれば、ナニーをみつけることができると思う。頼む勇気が大事、ミルクつくれないといったナニーにも預ければよかったと今では思っている」とアドバイスをし、励ました。別の参加者は、「丸2年ワンオペを経験した。授業もあり、20年前は育休をとれる環境ではなかった。私の場合は、人に頼ったことで、自分の家族以外に頼れる人ができ、いい出会いに恵まれた」と当時を振り返り、周囲に頼ることで得られた出会いを教えてくれた。この話を聞き、別の参加者からは、「去年はコロナで子どもたちが2人と一緒に在宅で仕事をすることが多く、子どもたちに怒鳴りすぎていた自分がいた。子どもたちには、いろいろな人に接してもらいたいと思っている」と同じような意見が聞かれた。

ワンオペの話はその後も尽きることなく続き、大変な様子が話からひしひしと伝わってきた。「ワンオペは本当に大変。仕事の関係で一緒に住めない場合がある、気が休まらない」、「気が狂いそうになる。そういうときに大事なのは、外からの声(頼りにされたり、ある程度のプレッシャー)に励まされてきた。休めばいい、そんなにやらなくてもいいのではという声もある」、「出産後は2年間ワンオペだった。妊娠期間は夫と一緒にいることができた。夫は、妊娠期間の健診では父親になることを自覚できていなかったように思う。おなかの中にいる子どもの声が聞こえる道具を使って、子どもに話しけられたとき、夫が父親になろうとしていると思った」、「アフリカの人は、子どもが周りにいる環境で暮らしている。子どもの扱いには慣れている。経済的なこと、責任をもって子どもを育てる覚悟をもってもらうには時間がかかった。フィールドワークに行っている人の伴侶は、WEB関係、美容師など手に職をつけている人が多いように思う。相手をフィールドワーカーに適してもらうように育てるのか」など話題が様々な方向へと広がっていった。

次に、フィールドワークに連れて行った子どもの反応へと視線が移っていった。フィールドに子どもを連れていくことは大変なことであるけれども、楽しいこともあることが共有された。「子どもの性格によってフィールドの楽しみ方は全然ちがう」、「気が付いたら、いろいろな場所に親に連れていかれていたけど、きづいたらどこも素敵な場所だったよと子どもに言われたときは泣きそうになった」、「インドに子どもを連れて行ったことがあった。アリの行列をみて仰天していた。今でもこどもの記憶に残っていると思う。フィールドに行くと楽しいなと思うことがあるから、準備を頑張れる」といった話が聞けた。

参加者の手が挙がり、話は今後の妊活とキャリア形成に移った。質問した方は、現在の仕事が3年の任期で、30歳のときに第一子を出産した際に育休を取得し、2人目も考えているが、期限付き雇用の身分で、2回目の育休をとってもいいのだろうか、悩んでいると打ちあけた。2人の子をもつ参加者は、「自分がどう生きていけるかな、子どもと一緒にちゃんと生きていきたいという欲求が大事」と述べた後「2人目をいつと悩んでいるひとが自分の周りに結構いた。仕事をばりばりするなら一人という感じがあるのかな?3人の子育てをしている人からしたら、1人も3人も変わらないよという人もいる。やるしかないとなると思う」と話し、さらに「就職せずに子育てできている状況は素晴らしいなと思う。定職でなければ、子育てできないと思っていた人間なので、そういう状況が広まっていけばいいなと思う。私は46歳で2人目を産んだので、10年後に産むこともできると思いますよ」と続けた。ほかの参加者は「私の場合は、34歳で第一子を産みました。タイミングは偶然でしたが、就職して翌月妊娠がわかりました。一人育てるので精いっぱいで2人目は考えられなかった。子どもが6歳になった時点で、0から再度育児をするのは無理と思った」とご自身の経験を話してくれた。

さらに話は続けられ、キャリアの話へと移っていった。「自分の世代は、女性が夫より先に定職につけた最初の世代で、子どもがいても1人の場合が多いと思う。私の前の世代の方は、夫が先に就職し、妻は非常勤をしながら2人、3人の子育てをしていた人が多い。今の若い世代の場合、事実として就職が厳しい。だからこそ、地道に業績を増やしていくことと、育児のバランスを考えていかないといけないかもしれない」と述べたうえで「就職活動中は業績を一行でも多くすることが大事、続けていくことが大事。細くても続けていくことが、なにより大切だと思う」と励ました。さらに「2人目を考える際に、夫がどのくらい協力してくれるのかを考慮に入れて、計画的に考えていく必要があると思う。実際、自分が競争する相手(研究者)に子どもがいないと、二人の間で業績の差がどんどんと広がっていく。2人目がいると、1人目のときにできていた自分の時間もなくなる」と意見を述べた。この意見に対して「ただ、研究者に子どもがいるかどうかということが採用に影響することはないから!」という反応があった。

話は周囲へ協力を仰ぐ方法について移った。「学振がチアーズという企画をし始めたことを知っていますか?女性、男性の子育て体験談を集めている。ただ、フィールドワークしながらどのように業績をつくっていくかという焦点が抜け落ちている。社会にフィールドワークの重要性を訴えていく必要があると思っている」と話し、さらに「子どもがいなかったときと比べて十分にフィールドワークをできないと思うが、今は、オンラインで学会や研究会に参加したりと業績づくりができるようになってきている。こういう機会を作ってくれませんか?と声をかけてみたらいい、周りに甘えていいと思う」と続けた。

子どもに医療的サポートが必要で、次男が生まれてからは研究がストップしてしまっていると状況を共有してくれた参加者がいた。参加者の中には、同じ状況にいると話をしてくれた方がおり、彼女は、家族で海外を拠点にしており、フィールドワークをすることはできたという。しかし、海外の日本人学校では医療的サポートが必要な子どもを受け入れる環境がなく、子どもを学校に通わせるために、日本に帰ってこざるをえない状況であることを話してくれた。

最後に、子連れフィールドワークを実現させるために残された課題について少し話をした。その中で「男性にももっと参加してもらいたいと思う。フィールドワークをする妻、フィールドワークをしない夫が一緒に参加してくれたとき、妻がフィールドワークを好きな理由がわかったと彼女の夫が言ったとき、会を企画してよかったと思った」、「これから子どもを持つ人が多いのかな?妊娠、出産、子育てとキャリア形成にどのようなイメージを持っているのか聞いてみたい」、「そろそろ子ども自身にフィールドワークに行ってどうだったのか感想を聞いてみた」、「雇用されていない人は、子連れでフィールドワークにいくとなると、交通費を自己負担することになり、負担が大きい。学振などに子どもの交通費を研究費から出せるような訴えかけをしていく必要がある。高齢出産の大変さを経験してきた身としては、若いうちに子どもを産んで、研究を続けていくための、サポートが必要だと考えている」といった意見がでた。

 参加者同士で意見交換をした印象をまとめ、最後にサロンの参加者として感じた今後の課題を提示し、議事録を締めくくろうと思う。初めての子育てに奮闘中の参加者たちからは、海外での育児やフィールドに子連れていくための準備、フィールドで病気になったときの対処方法、妊活と今後のキャリアに対する不安の声が上がった。妊娠も出産も育児も子連れフィールドワークも初めての経験で、心配で不安なことが多いことは参加者の中で共有されていた。すでに子連れフィールドワークを経験してきた人たちが話をする中で共通していたのは、家族や同じ職場の研究者、フィールドにいる研究者やフィールドで暮らしている現地の人びとを頼る勇気をもち、自分自身が誰かに頼ることに慣れていき、また自分が安心して子守を任せられる人を見つけて、みんなで子育てをしながら、細々とでもいいから研究を続けていく姿勢だった。子どもを連れてのフィールドワークの準備は大変で、準備をしても不安な気持ちがなくなることはない。しかし、フィールドに行くと必ず楽しいことがあり、大変だった思いが報われる瞬間があるといった意見や、人類学者として、人生における立場の変化を経験し、その過程を楽しみ、子どもを通していままで自分の参与してきた社会の新たな一面を知ることができるといった、これから子育てフィールドワークをしようとしている参加者を励ます声が聞こえた。

今回の参加者は子どもを持っている方が多かった。子どもを持った後も研究を続けていくために必要なサポートについての議論をさらに深めていくには、今回話を聞くことが難しかった、これから子どもを持とうと思っている人に対して妊娠や出産、子育て、そしてキャリア形成に対するイメージや不安要素などを聞く必要があると考える。