FENICS メルマガ Vol.60 2019/7/25
 
1.今月のFENICS
 
  参議院選挙も終わりました。大手メディアに取り上げられずとも、ネット上でも盛んになっていたような、気もしていましたが、残念ながら国民の半分にも投票率が満たず、10代は三分の一という事実が明らかになりました。つづくエッセイにも書きましたが、他国の若者はより政治に関わって生きています。フィールドワーカーとして日本でいま、動かねばならないこともあるように強く意識しました。そういう方々も多くいらしたことと思います。
 さて、夏も始まりました。すでにフィールドに出られて方、準備中の方もいらっしゃるでしょう。フィールドからの声もお待ちしています。
 
それでは本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 子連れフィールドワーク(連載6・終)(椎野若菜)
3 フィールドワーカーのライフイベント(連載8)(蔦谷匠)
4 FENICSイベント・リポート(近正美)
5 FENICSイベント
6 会員の活躍(松本篤)
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2.子連れフィールドワーク(連載・終)
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二人子連れフィールドワーク(ウガンダ編)6

椎野若菜(社会人類学・東京外国語大学AA研)
 
 ウガンダ西部、ムバララへ発つ前の晩、マケレレ大学の学生プレジデントの選挙活動のキャンペーン・カーが、滞在している家の前を賑やかに通った。皆で外に出ると、暗闇で候補者の名前、写真を掲げた学生がたくさん乗った車と、それに付いて歩く学生たちが音楽をかけつつ掛け声とともに通り過ぎる。マケレレ大には、国政と同じように国会と同じような組織があり、学生プレジデントは大学当局の会議にも出席できるのだ。学生側の意見も大学側に会議内で発言する権利がある。学生らは、自分たちの声を届け実践してくれるであろう人を選び投票する。日本と異なり、学生の頃から自覚的に「政治」に参加するようなしくみになっているのだ。その熱い選挙キャンペーンに触れることができ、私も母も興奮した夜となった。

マケレレ大学の学生プレジデント候補者バナー

 二男Lが九カ月になる日。私たちは西部へと向かった。カンパラ市内の渋滞や喧噪をぬけると、空が広い、一本道の幹線道路となる。途中の田舎町につくと、ギターを抱えた芸人らしき人たちが道端を歩いている。長男Jが即座に見つけると、夫イアンが演奏を頼み、こちらは車中にいながらしばしの余興鑑賞。子連れフィールドワークでは子どもにもサービスをしないとまわっていかない。

9か月になった日、Lは初めてウガンダの西部へ

ひょうきんなミュージシャンの音楽を一曲聞く



赤道に着き、お決まりの記念撮影をする。Jももうそのくらいの撮影はできるようになっている。その後の道中の両側には、ヒョウタンばかり売っている人たち、またヴィクトリア湖でとった魚を道端で売る女性たちが車にむかってアピールしてくる。買った魚を乗用車のナンバープレートあたりに引っ提げて走る車にもすれ違う。一体どこの木を切って作っているのか、木炭をつめた袋を並べて売っている人々。野原でさまざまな年齢の女性たちがバレーボールをしている姿も見られた。初めてウガンダの地方に来る母はひとつひとつが珍しく、たくさんの質問、そして写真をとりたがる。そう、フィールド訪問も何回も回数を重ねるとそうした新鮮さもなくなってしまう。初めての人を連れてフィールドワークをすると、活性化して改めて視点を得ることもある。  
 休みつつ、6時間かかって夕方にムバララに到着。休息したいところ、調査助手の義理の姉が待っている。翌日からの調査の打ち合わせだ。タイトなスケジュールで翌日より朝から夕方まで調査関連、夜にがイアンの親族との付き合いも入る。    

  翌日からの調査は生理についてで、いくつかのセカンダリースクールを訪ねた。私やイアン、先生がクラスで説明していると、聞いていた長男Jも’What is Menstruation?’ と意味も分からず生徒たちと同様、座って書いていた。  
 嵐のようにムバララでの調査滞在がおわり、また車のトラブルを案じつつ、無事にカンパラに戻った。細かな事件はあげればきりはない。旅の最後、どっきりしたのが空港に行く前だ。子どもたち、母への「観光」行事がなかったので、当日の朝にヴィクトリア湖のボートに乗った。高級ホテルからでている、ヴィクトリア湖周遊のエンジンボートだ。ボートが通ると、鳥たちがわあああぁっと一度に舞い上がるので大喜びして空をみあげていたら、ゴゴッゴゴゴゴ・・・とエンジンが止まった。ドライバーも私たちが嬉しそうにするので嬉しくなって空をみあげ、操作を怠り、綱がスクリューに巻き付いてしまったようだった。湖に潜り、上がったり、なんとか解決しようとするドライバー。体が重い人で、えっこらえっこらだ。太陽が照り付けるヴィクトリア湖上で、沈黙の時間が流れる。ホテルから応援のボートを呼んだほうがいいのではないか、と見送りに向かってきているらしいイアンの母に電話する。フライトは午後2時なので、もうそろそろ時間がせまっている。ドライバーのおじさんはハアハア言いながらもぐったり、あがったり・・その間に色々な思い、想像が私たちの頭の中を駆け巡る・・・ダッシュして空港へ、そしてもしフライトに間に合わなかったら・・  
 何とか間に合った。慌てすぎて、私はライフジャケットをつけたまま空港へのタクシーに乗りそうになったくらいだ。母はのちに、顔をみたら白かった肌が大分焼けていた。おそらく最後のヴィクトリア湖上の40分が効いたのだろう。    
    帰国後、ケニア・ウガンダでのフィールドワークを親子で振り返る間もなく長男Jは小学校入学、二男Lは保育園入園の準備に追われた。またLは先週の海の日(2019年7月20日)に外を初めて靴で歩き、一週間たった今、もう長男Jがサッカーをするなかにもまれつつ果敢に歩いている。めまぐるしい生活環境の変化に、親子ともになんとか適応しつつまわっていく。次回のフィールドの際には、二男Lはすでに走り回っていることだろう。
 
 (終)
 
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3.フィールドワーカーのライフイベント(連載8)
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おっぱい研究者の子育て8〜育休制度の弱点編〜
 
蔦谷 匠(人類学・海洋研究開発機構)
 
妻の出産を4ヶ月後に控えたあるとき、学会に参加し、友人の同世代の研究者と近況を報告しあい、私が育休をとるつもりであることを伝えたことがあった。そのとき彼女が「私の雇用形態では、もし子供が産まれたとしても、育休がとれないんですよね」とため息をついていたことと、それを聞いて私の視野の狭さを恥じたことを、今でも鮮明におぼえている。前回の「育休編」で述べたように、私自身は育児休業給付金の給付要件をどのようにして達成するかにばかり注目していたため、制度的にそもそも育休がとれない雇用形態があることを認識できていなかった。  
    厚生労働省によると、有期雇用 (任期つき) の労働者が育児休業を取得するためには、申出の時点で以下2点の条件を満たす必要があるという。  

*同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること  
*子が1歳6か月に達する日までに、労働契約 (更新される場合には、更新後の契約) の期間が満了することが明らかでないこと   
 
つまり、雇用元や所属機関に特例がない限り、すくなくとも2年半は雇用が継続するようなポジションでなければ、育児休業は制度的に取得できないことになるのだ。  
このような観点から、若い研究者の雇用形態を見てみるとどうだろうか。ポスドクでは、特に科研費雇用の場合で、1年更新や2年任期のポジションなどをしばしば目にする。そうした雇用形態ではまず制度的に育休がとれない。ほかのポスドクや助教相当のポジションでは任期がもう少し延びて3年や5年となることが多いが、任期の終わる1年半前より後に育休をとる必要が生じた場合には、それ以前に申出をしていないかぎり、制度的に育休を取得できない。こうした条件があるため、若い研究者が子供を持とうと考えたときには、妊娠の段階からカレンダーを逆算して計画する必要がある。しかし、誰であっても計画した通りに妊娠できるのであれば現在こんなに不妊治療が普及しているはずもないだろうし、切迫早産などで当初の想定から出産時期がずれることもある。計画しないで子供ができることももちろんあるし、そもそも事前に綿密な計画を立てなければ十分に子供を産んで育てることすらできない制度って、はたしてどうなんだろうか。  

育休がとれればそれですべてOKというわけでもなく、育休期間の収入が保障されるかどうかという問題もある。多くの若手研究者がこのポジションにある日本学術振興会の特別研究員では、育休の取得自体は可能である。しかし、学振は特別研究員を雇用保険に加入させていないため、育休をとっているあいだは育児休業給付金を受けられず、まったくの無給状態となる。  

任期つきの職を転々としなければならない若手研究者の育休に関するこうした問題は、若手研究者だけでなく、派遣や契約社員といった雇用形態にある若い世代全体の問題として、以前からすでに認識されていた。2013年には、大規模な社会学的計量データをもとに、非正規雇用世帯への公的・経済的支援拡充が少子化対策において重要であるとした政策提言がなされているにもかかわらず (松田 2013)、それから6年経った現在でも、日本社会の状況が劇的に改善したとは思えない。研究ポストをめぐる熾烈な競争にさらされている若手研究者にとって、出産育児によって利用できる研究時間が少なくなるだけでなく (子供が産まれた後、研究に割ける時間は半分に減ったというのが私の実感です)、育休がとれないので退職しなければならない、育休期間はまったくの無給になるといった経済的な負担までのしかかってくるとしたら、研究を続けながら子供を産んで育てようと考える若手が増えることをどうして望めようかと暗澹たる気持ちになるのであった。  

前回や今回のコラムで紹介したこのような問題の多くは、法律婚をした正規雇用の男女が同居して営んでいる家庭というものが日本政府の公的支援のメインターゲットとされていることに起因するのではないかと私は思っている。そうした形態から抜け落ちる人びとは、とたんに支援を受けにくくなる。そして、改姓によって業績が迷子になることを避けるための事実婚、勤務地が異なるための別居婚、限られた任期なし職が生み出す大量の非正規雇用などの影響をダイレクトに受ける若手研究者は、多くの場合、こうしたメインターゲットからは外れる存在であり、それだけ公的支援も受けづらくなってしまうのではないだろうか。
 
参考文献
松田茂樹. 2013. 少子化論:なぜまだ結婚、出産しやすい国にならないのか. 勁草書房.
 
 
(つづく)
 
 
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4.FENICSイベント・リポート
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達人・変人と深める「川」 
    近正美(こん・まさみ/元・高校地理教員・63)
 
2019年6月9日、小金井の東京学芸大こども未来研究所を会場に、「川」をテーマに、川にまつわるお話を「変人類学研究所」とのコラボで伺うことができました。
報告者は、「水流ランナー」の二神浩晃さん、メコン川、長良川をフィ-ルドにする野中健一さん(立教大学)、コンゴ川をフィールドにする生態人理学研究者の大石高典さん(東京外国語大)、フォトグラファーの藤元敬二さんの4人でした。「川」への関わり方もそれぞれ、そのかかわりを支える内面もそれぞれで、レポート一つひとつが刺激的でした。
 
二神浩晃さんは、「水流ランナー」を名乗り、「ゼロtoサミット」というプロジェクトを進めています。
河口から、その源流となる山の頂をめざして「走る」というプロジェクトです。川のそばを走ることで、川の全体を受け止めるプロジェクトと理解しました。この日は、岩手山を源とする北上川の河口から走ったプロジェクトを映像を使って紹介してくれました。
まず、河口探しの話から始まりました。山頂は分かりやすくても、河口にたどりつくことは、意外と大変ということがあります。実は、海洋と川の境目の定義は難しく、厳密には定められないようです。国土の領域を定める海岸線は、満潮と干潮の平均水面で決めることが法律で定義されていますが、河口の場合には明確なものがありません。二神さんは、河口部で、一番海に伸びた地点からスタートしていました。そこから、自然堤防やそのそばを走り続けて、山頂を目指していました。その途中で目にしたもの、遭遇した人たち、発見した地域の様子や歴史など、流域の様子を知り、考えながら走り続けていきます。
 
 
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5.FENICSイベント
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12月7日(土)に吉祥寺にて第9巻『経験からまなぶ安全対策』のイベントを東京・吉祥寺で開催することが決定しました!
自分自身が、また学生とともにフィールドワークするうえで、必須の重要な問題です。
ぜひご予定にお入れください!!!

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6.会員の活躍
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14巻の『フィールド写真術』にご執筆の松本篤さんが、下記の企画プロジェクトをなさいます。ぜひお運びください。詳細はこちらで
 
 
『慰問文集』再々発行プロジェクト
連続トーク・シリーズ 
なぞるとずれる|Trace and Slip
 
vol.01 戦場からの便りを読む
 
戦時中の前線と銃後をつないだ「軍事郵便」とは、いったいどのようなものだったのか。また、戦場の兵士たちは、検閲をくぐり抜けながら、誰に、何を書いたのか。長年にわたり「軍事郵便」の研究に従事されてきた新井勝紘さんに伺います。
 
話し手:新井勝紘(元専修大学教授)
聞き手:松本篤(本トーク・シリーズ企画者)
日 程:8月2日(金)
時 間:19:00 – 21:00(18:30開場) 
会 場:loftwork COOOP10(東京都渋谷区道玄坂1-22-7 道玄坂ピア 10F)
定 員:40名程度
参加費:1,500円
企 画:AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]
 
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
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寄稿者紹介

霊長類学、自然人類学 |

(霊長類学、自然人類学)


社会人類学 at 東京外国語大学 |

FENICS代表


元高校教員

地理学