★イベントリポート★
第2回 「フィールドワークする身体―ゆっくり歩く・ぜんぶ書くー」 FENICS 連続トーク「フィールドワークと生き方・働き方」

津田啓仁(FENICS/文化人類学/秋田公立美術大)

「ゆっくり歩く、ぜんぶ書く」という1泊2日ワークショップを2023年10月に実施しました。https://fenics.jpn.org/info/2023-10-21_22/

会場は秋田公立美術大学、参加者は10名強で秋田からが半数、それ以外は関東を中心に全国から、学生や教員、会社員まで多様なメンバーが集まりました。

そもそも「ゆっくり歩く、ぜんぶ書く」という企画の狙いは、フィールドワークを普段と違う視点から実験してみよう、というものです。多くの時間をかけて調査者はフィールドをあちこち歩き回りますが、それを少し極端な形で組み換え実験をやってみる。そうしてフィールドワークという方法を考えてみる、ということをテーマにしています。

実際の回の内容は多岐に渡るため、ここでは概要とそこから得られた一つの気づきを共有いたします。

1日目は、ゆっくり歩く練習。ホワイトキューブのような教室の空間で繰り返し5mをゆっくり歩きました。2日目は、外でゆっくり歩いてみる。参加者共通の擬似フィールドワーク体験として秋田県秋田市の新屋という場所でグループに分かれて各々散策し、好きな場所で5mをゆっくり歩きました。また、歩いた後にその歩行中に感じたこと・考えたことを「全部書く」ということにトライしてもらいました。

1日目、ホワイトキューブ状の空間での歩行は、5mを33分かけて歩いた人がいるほど、メンバーの多くがゆっくり歩くことに対して一見スムーズに馴染んでいくことができました。ある種心地よい体験として、瞑想のようなものに近いものとして感じられていたようです。しかし、2日目の屋外での歩行はなかなか取り組みづらかったという結果に。屋外の空間は、音や光など情報がとても過剰で、飲食店で食器を洗う音、人の気配、アパートの背の高さや路肩の松の木が生み出す圧迫感などが一層強調され、ゆっくり歩くことを邪魔する、遮られるように感じられたという声がありました。

実際、まさに危険もありました。2023年秋は、秋田県全域で熊が異常に街中に出没しており、実施の2週間前にはすぐ近くの住宅街で人が熊に襲われて怪我をすることがあり、安全面も考慮して実施前にアナウンスを重ねていました。そのためメンバーの中には熊のことを考えながら屋外をゆっくり歩いた人もいたかもしれません。

このように、1日目のホワイトキューブの空間での歩行と比べると、2日目の屋外での歩行は対照的でした。歩いている間に起こる感覚や思考の具体的な変化や推移について考える以前に、そもそもゆっくり歩けるかどうか、感じたり考えたりできるかどうか、という可能性の条件の方が問題となっていました。

ゆっくり歩くことは日常的な動作を極端に引き延ばすことなので、パッと聞くとフレンドリーな感じがしますが、いざ屋外でやるとそれは一つのパフォーマンスのようにも見えます。その空間にある感覚的な情報がドバッと人間に流し込まれて、「歩いている」というよりは、それに「耐えている」ように見えたり。また、日常的な時間軸を外れ、どこか遠くから来て遠くへ行くような心配や不安の感覚もあり得ます。

ゆっくり歩くことは、直接フィールドワークのリサーチに役に立つものではないかもしれません。しかし、慣れてしまえば感じなくなる刺激を感じ、見えないが存在しているさまざまなものを感じ、そしてまた逆に、誰か・何かによって自分が感じられているということも感じる。そのような普段と異なる感覚を得るためのストレッチには面白い試みになりました。

*この夏、めちゃくちゃ暑い日に、海岸で40分ほどゆっくり歩きました。