FENICS メルマガ Vol.134 2026/3/14
 
 
 
1.今月のFENICS
 
 中東情勢が一気に変わってしまい、フィールドワークを中止する方も多くいらっしゃることでしょう。また、実際に中東地域にいらしたフィールドワーカーや留学生も、対応にまだ追われていらっしゃるでしょうか。
編集者は、今回はエチオピア経由のフライトだったため変更なく、いま子連れでナイロビにいます。昨年末からの日本の政治状況への憂いが、数と力で押され、市民生活への脅威となってきてしまっています。どしどしと世代を超え守ってきた領域にも入り込んできます。3月11日に8000人が集まった国会前のアピールに参加できず、もどかしい思いです。
 
本メルマガの発信もイレギュラーになっておりますが、またおって子連れフィールドワークについて、ご報告したく思います。本号では、昨年よりガーナへ子連れフィールドワークを始められた古閑恭子さんの連載が始まります!
 3月は、FENICS会員の方々主催の催しもあります。下記、ぜひご覧いただき、お運びください。
 
それでは、本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 子連れフィールドワーク①  古閑恭子
3 FENICSイベントリポート② 古謝麻耶子
4 FENICSからのお知らせ   
5 FENICS会員の活躍 野口靖、吉國元
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2.子連れフィールドワーク
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子連れフィールドワーク@ガーナ①
      古閑恭子(アフリカ言語学・高知大学)
 
 
初めての子連れフィールドワーク
2025年9月から1年間のガーナ共和国でのサバティカルを取得した。初めての長期滞在、そして初めての子連れフィールドワークだ。8歳の娘を帯同することに心配が全くなかったわけではないが、日本ではなかなか難しい、ゆっくりと親子で過ごす時間も持てるし、一緒の方がきっとずっと楽しい。娘にとってもかけがえのない経験になるはず。大好きなガーナを娘にも好きになってほしい。連れて行かない選択肢は全くなかった。
 

牛の群れと歩く(アクラにて)

2025年9月2日に首都アクラ到着。真っ青な空と太陽。真っ白な歯を見せて声をかけてくる人たち。汗をかきながらかじるオレンジやココナツウォーター。気づいたら牛の群れと一緒に歩いている道。娘はすぐにガーナが大好きになった。
ホスト校であるガーナ大学言語学科での仕事や手続きなどでひと月ほどアクラに滞在した後、いよいよ調査地ヴォルタ州アンロガに向かう。フィールドワークの目的は、ここで話されるエウェ語の調査、記述で、1年のほとんどをアンロガで過ごす。
 
現地校入学
 首都アクラから車で3時間、ヴォルタ州沿岸部、海とラグーンに挟まれたアンロガは、静かでのんびりした町だ。娘は現地の友人の子が通う私立小学校に入学した(アンロガにはインターなどはない)。ちなみに、ガーナでは公立小学校は3年生まで現地語(ヴォルタ州ではエウェ語)で授業を行うが、私立校は1年生から英語で授業がなされる。


3年生クラス



9月15日、初登校。初日なので教室でしばらく隣に座っていて、大丈夫そうだと思ったものの、翌日「学校行かない!」。言葉は分からないし、先生は鞭を持っているし、みんな珍しそうにこっちを見ているしで不安になったようだ。なんとか学校まで連れて行くも、頑として教室に入らず、しまいに大泣き。困り果てていると、幼稚園クラスの先生が(学校は幼児クラス、小学クラス、中学クラスから構成される)、「ほら、一緒に歌ってダンスしよう!」と連れて行ってくださった。ちっちゃなお友達に囲まれて、娘も少しほぐれた様子。その日からしばらく幼児クラスに通う。少しずつ小学クラスに移行できればいいかなと思っていたが、10日目くらいに娘が突然言った。「明日からClass three(3年生クラス)に行くよ!」。こうして小学校生活がスタートした。
 
元気が一番
 一番心配だったのは言語の壁。英語がほとんどできないし、現地語のエウェ語はもちろん全く分からない(授業は英語だが子ども同士使うのはエウェ語)。算数、英語、社会、宗教、科学、クリエイティブ・アート、エウェ語と科目数も多く、内容も結構難しい(例えば社会の宿題ではWhat is culture?など難問が並ぶ)。とにかく、元気に過ごして、友達がたくさんできますように。そんな思いで見守っていた。


お友達と登校

 ところが子どもって適応が早いもので、数日後には友だちに囲まれて楽しそうにおしゃべりしている。英語だけでなく、エウェ語も簡単なやり取りはできるようになって、必死に勉強している私よりも理解している場面さえある。勉強が分からないときは友達が教えてくれたり、宿題を一緒にやってくれたりする。そのおかげか、期末試験ではすべての科目成績が良好だった(エウェ語も合格点)。算数は学年トップ!娘も自信がついたようだ。
友だちもたくさんできて、ガーナ生活を楽しんでいる娘。学校で流行っている遊びとか面白い出来事など家で教えてくれる。何より、毎日砂と汗で真っ黒になって笑いながら帰ってくるのが元気な証拠だ(怪我も絶えないけど)。ガーナでの生活も、半分が過ぎようとしている。
 
(つづく)
 
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3.FENICSイベントリポート
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★イベントリポート(古謝麻耶子) ②★
沖縄×アフリカー音楽と映像で共鳴・共感する沖縄とアフリカ」(2025年10月19日開催)
 
    古謝麻耶子(民族音楽・沖縄県立芸術大学非常勤)
 
 東京外国語大学で行われた「沖縄×アフリカー音楽と映像で共鳴・共感する沖縄とアフリカ」のメインの楽器は、マチュメさんの家族が代々演奏してきたショピ民族の木琴ティンビラであった。ティンビラは横幅が140cmほどあり、共鳴器は木の実や瓢箪でできていて壊れやすいため、運搬は容易ではない。数が多ければ多いほどその迫力を伝えることができるため、2台で演奏したかったが持っていくことのできたティンビラは1台。私は備え付けのピアノを、アーティスト平良亜弥さんは三線を演奏することになった。私たちの楽器の構成は毎回変わる。マチュメさんは何かなくても臨機応変に対応する。予定していたスケジュールで進まなくても動じない。これは、「アフリカ潜在力」と言われるものの一つではないかと思う。
 
 椎野若菜さんが趣旨説明をした後、マチュメさんがショピ民族の伝統曲をティンビラで演奏し、その後は、3人のセッションに移った。後半のセッションのほとんどが、沖縄の民謡とモザンビークの音楽を掛け合わせたものである。マチュメさんと亜弥さんはいつも場に対して心が開かれており、互いに会話をするように自由に歌を掛け合うことができる。私の役目は、沖縄とモザンビークの歌がお互いに響き合いそうな歌やリズムパターンを探して演奏することだった。

 例えば、私がティンビラでショピ民族の歌《マフメロ》のリズムパターンを演奏し、亜弥さんがウチナーグチで《赤田首里殿内》を歌うと、マチュメがそれにショピ語の歌や、即興的な歌を乗せてくる。演奏するうちに、沖縄の音楽も、モザンビークの音楽も、元々のものから少し変わったりする。気分が乗ってくると即興的なメロディーや掛け合いが始まる。私も少しお決まりのパターンから脱しながら演奏で会話に参加する。流れが滞らない限り、どんなことをしても「間違い」ではないので気楽だ。掛け合わせた二つの曲は、互いに共通点を持っていたりする。童歌として子供に親しまれている《赤田首里殿内》は無病息災やより良い世の中になることを願う歌で、《マフメロ》は、子どもたちの未来のために大人(特に政治家)は良い政治という「種」を撒いてほしいと願う歌だった。《マフメロ》と《赤田首里殿内》は、偶然にも、より良い社会や子どもたちの日々の平安を願うという共通のテーマを持っているのだ。歌い終わると亜弥さんはマイクを握り、それを観客に言葉で伝えた。
 
 悲しみをテーマにした曲も2曲あった。一つ目は、植民地時代にモザンビークからポルトガルに奴隷として連れて行かれ二度と故郷に戻ることのなかった人々の歌《ウシワナ(悲しみ)》、もう一つは、別離の悲しみを歌った、琉球古典音楽曲《クムチャー(子持歌》である。これらの歌も、同時に演奏したわけではないが、同じような心情を歌った歌だからか、どこか呼応しあっているように感じられた。こうした曲を聴いていると最近亡くなった人たちのことが自然に思い浮かんできたと話してくれた友人もいた。
  
 観客の方々が書いてくださったアンケートには、「地理的に離れている場所の音楽がここまで融合するのが面白かった」、「二つの地域が融合した音楽というものがとても新鮮」「楽器が曲をそっと支えて、共に主張してルーツの違う人が集まってお互いに距離を大事にしながらやり取りして一緒のところにいるという感じがした」などの感想が見られた。「融合」していたようにも「距離を大事にしながらやり取り」していたようにも見えたというのは嬉しいことだった。音楽を通して何かが響き合ったのだなと思った。

 

 
感想には「映像が音楽のイメージを膨らませてくれた」という意見も複数あった。ステージの背景に映されたのは、マチュメさんがスイスの団体Witnessの支援を受けて作成した映像で、豊かな自然と人々の生きる姿が映されていた。映像は曲と合わせて流すなど凝った準備はできなかったにも関わらず、当日はなぜか映像と音楽も呼応しあっていた。たとえば、宮古島の民謡《豊年のうた》の演奏時には、その背景にモザンビークの広大な畑に水をまく女性の姿が映し出されていて、歌に力強さを与えていた。後で知ったのだが、それは偶然ではなく、映像を担当してくれた方(東京外国語大学軽音部学生)が歌に合いそうな場所を選んでくださっていたのだった。それを知って私はとても感激した。改めて、多くの方々の積極的な参加があって成立したイベントだったと感じる。 
 会場を巻き込んでのダンスや歌の掛け合いも盛り上がった。
  
質問タイムでは、アフリカ音楽の特徴やスピリチュアリティーに関して、また、沖縄とアフリカで共通する楽器があるかどうかについてなどの質問が寄せられた。会場に来てくださった方々の温かい応答のおかげで場がエネルギーで満ちていたと思う。マチュメさん、平良亜弥さん、椎野若菜さん、関係者の皆様、来てくださった方々に心より感謝いたします。
 
 
  
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4. FENICSからお知らせ
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 FENICS後援のイベントが下記のように開催されました
 
2026年2月28日(土)、人文社会科学系学協会男女共同参画推進連絡会(GEAHSS)主催の公開シンポジウム「アーリーキャリアの声から――アカデミアのジェンダー平等を再構築する」(企画:日本社会福祉学会)が開催されました。
 
シンポジストとして、FENICS正会員の関野文子(立命館大学、JSPS RPD、人類学)さん、そのパートナーの大谷琢磨(立命館大学、JSPS RPD、人類学)さんが登壇されました。ご記憶にある方も多いと思いますが、お二人は、2024年のFENICSサロンでお話くださり、また連載もありました。
 今回は、75の人文科学系学協会が加盟するギースというネットワークにおいて、大学院生のときからライフイベントと研究の両立をどう考え、実践しようとしてきたか、その過程には周りや自分自身がとらわれているジェンダーロールについて、また昨年から今年にかけて実施されたカメルーンの森での子連れフィールドワークなど、多くの有意義なお話いただきました。
 今後、連載にて発信予定ですので、ご期待ください。
 
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4. FENICS会員の活躍
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①FENICS正会員・野口靖さん企画の展示 「語りにくさを語る ——大川小をめぐる15年の対話」

本展が下記のように開催されています。トークイベントはFENICS理事の丹羽朋子さんもかかわっています。ぜひお運びください。

 
東京工芸大学アート&メディア研究室(野口ゼミ)主催による展示会「語りにくさを語る ——大川小をめぐる15年の対話(美大じゃない大学で美術展をつくる vol.4)
 
震災から15年。石巻市立大川小学校で起きた悲劇は、行政責任を問う訴訟などを経て、社会の中で「語りにくい」出来事となりました。本展は、この「語りにくさ」を見つめ直し、多層的な記憶や語りのあり方を提示する試みです。
会場では、遺族らによる伝承活動の記録や表現のアーカイブを紹介するほか、新たに制作された対話型プログラムなどを展示します。特筆すべきは、震災の直接的な記憶を持たない大学生が共同制作者として参加している点です。学生たちは対話を通じ、自らの視点で困難な遺産(Difficult Heritage)に向き合います。
本展が、多様な立場の人々の参与によって、「語りにくい」出来事を「語りうる」物語へと編み直していく、世代を超えた対話の場となることを願っています。
企画代表:野口靖
 
【開催概要】
タイトル:語りにくさを語る ——大川小をめぐる15年の対話
会期:2026年3月10日(火)〜3月22日(日)※3月16日(月)は休廊
時間:11:00〜18:00(土日祝日は19:00まで)
会場:東京工芸大学 中野キャンパス 6号館1F、2F、B1F
入場料:無料(全てのプログラム)
 
●3/14(土)
オープニングトーク1のタイトルは「15年の対話 語りの多声性と当事者性」。ゲストは大川伝承の会共同代表である佐藤敏郎さんと、人類学者の石井美保さんです。また、同じく人類学者の丹羽朋子さんには司会として参加していただきます。
 
2011年の大川小津波事故と翌年の京都の小学校プール事故。場所や背景は違いますが、それぞれの遺族が歩んできた道のりには深く通底するものがあります。
本イベントでは、当事者として語り続ける大川伝承の会共同代表の佐藤敏郎さんと、プール事故遺族の同行者である人類学者の石井美保さんが、15年と14年という歳月を経て語り合います。これまでの歩みを振り返り、そしてここから先の未来をどう描くのか。多声的な「語り」の可能性を、皆さんと共に探りたいと思います。
 
●3/15(日)
オープニングトーク2のタイトルは「大学における展示実践の公共性——パブリック・ヒストリーからみる「美大じゃない大学で美術展をつくる」と「語りにくさを語る」。ゲストは歴史学者の徳原拓哉さんです。
 
歴史を語っているのは誰なのか。「語りにくさ」をめぐる大学での展示実践は、誰に開かれ、何を共有していくのでしょうか。小森真樹氏が立ち上げ、今回野口が引き継いだ「美大じゃない大学で美術展をつくる」シリーズと本展の制作プロセスを手がかりに、歴史学者であり高校での教育実践者でもある徳原拓哉氏から、パブリック・ヒストリーの観点でコメントをいただきます。展示が立ち上げる対話・教育・地域との関係など、「学校」が担う公共性の可能性について議論します。
 
全てのプログラムは無料です。ぜひご参加ください。
 
オープニングトーク1
オープニングトーク2
展示の公式サイト
 
 
②吉國元さん(画家)
 
【展示のご案内】岐阜県美術館「―モンスーンに吹かれたように― 大移動と交流のアフリカ‐アジアの現代美術」(会期:2026年3月13日―6月14日)

ジンバブエ生まれの画家、吉國元さんが参加します。

ウェブサイトはこちら
 
下記、ご本人より。
 
本展は、織田信長に仕えたと伝えられるモザンビーク出身の弥助を端緒に、アジアとアフリカ間の貿易史、移民・難民史、コロニアル/ポストコロニアル的状況とブラック・ディアスポラの歴史を探ります。「日本人/外国人」が政治の争点となっている現在の状況の中で、あくまでアジアとアフリカの「交流史」の意義を見ていくとても重要な企画だと思っています。僕は、連作『来者たち』(73点)と、MOTOマガジンVol.001〜Vol.003と関連のポートレートを展示します。
 
参加作家は(以下、敬称略)石川真生、長谷川愛、なみちえ、吉國元、国外からは、エリアス・シメ(エチオピア)、ワンゲシ・ムトゥ(ケニア/米国)、 フィエル・ドス・サントス(モザンビーク)、ジョエル・アンドリアノメアリソア(マダガスカル/フランス)、チェ・ウォンジュン(韓国)、マフディ・エシャーエイ(イラン/ドイツ)です。さらに!アフリカ人が描かれているとされる江戸時代の相撲遊楽図屏風(前期展示)と「南蛮屏風」(後期展示)も特別出品されます。
3月13日(金)にはギャラリートーク、3月14日(土)にはアーティストトーク、3月20日(金・祝)には本展の担当学芸員の西山恒彦さんがトークを行います(いずれも事前予約不要)。ぜひご高覧ください。
 
 
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
 
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
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