FENICS メルマガ Vol.133 2026/1/12 
 
 
1.今月のFENICS
 
  あけましておめでとうございます。小正月も近づいてまいりました。みなさま、いかがお過ごしでしたでしょうか。また本日、成人式を迎えられたみなさま、おめでとうございます。
 昨年は大変お世話になりました。そしてFENICSメルマガ、昨秋はお休みをいただきましたが、新年より、再始動いたします。お休みしましたので、不定期のものもありますが、またよろしくお願いいたします。
  
 編集人、昨年は人生の大きな岐路をむかえ、まさにワーク・ライフ・バランスの調整が大変困難な時期でした。そこへ新政権の首相の「ワーク・ライフ・バランス(WLB)を捨てて」「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」。それだけでなく、夫婦別姓をはじめジェンダーに関する政策も後退。そして首相官邸の幹部で安全保障担当がまさかの核兵器保有発言。もはや、もう心許せる人ともやもやすることをつぶやいている状況ではない、思った年末。また、この政権の支持率が高いのはなぜかを考えると、ネット社会において人々はどのように情報をとり考え、行動するのだろう、という疑問となりーー物事を考える際に、フィールドで実際にふれ、その場で見聞きして感じ考える、その経験をもとに、事象にたいする想像性も鍛えられるフィールドワークの必要性が、ここにも通じるであろうと確信しました

戦後80年から新たなスタートとなる本年。世界中でフィールドワークを行うフィールドワーカーは、世界のあちこちで戦争を起こし始める政治に、思想に対し、次世代の子どもたち、青年たち、そして隣人に何をどう語り、共に考えるのか。「自分で動く」フィールドワーカーのみなさんと共に、
「自分のフィールド」のためだけでなく、今年は再始動したいと願っています。
 「フィールドワーク」が好きで、その手法に共感するみなさん。イベントを共に実施し、その場を共有した方がたと共感し、考え、新しいものを生み出す。「書く」ことで伝える、広げる、そしてつながる活動をともにしませんか。
お気軽に、お考えをお伝えください、お声かけください。
 
年明け早々は、FENICS協力イベント、「戦争と<私>をつなぐ物語を探す」プロジェクト関連企画が1月20日にあります。下記参照のうえ、ぜひ申し込み・ご参加ください。
 
本年もよろしくお願いいたします。
 
それでは、本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 私のフィールドワーク⑤  山本貴仁
3 FENICSイベントリポート① 古謝麻耶子
4 FENICSからのお知らせ
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2.私のフィールドワーク⑤
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ガーナに居場所があること
 
    山本貴仁(東京外国語大学学部生)

みなさんこんにちは!
東京外国語大学からガーナ大学に留学していた山本貴仁です。
大学の授業の傍ら、ガーナ中部の農村で日本のNGOのインターンや、フィールドワークを行い、1年間の留学を終え、9月初めに日本に帰ってきました。最終回となる今回は、ガーナでの居場所と東京外大が持つ交換留学制度についてご紹介します。

私は東京外国語大学の交換留学制度を利用して、協定校の一つであるガーナ大学で学びました。東京外大は日本で唯一学部レベルでのアフリカ地域専攻を持つ大学です。そして、アフリカ大陸の中に多くの交換留学協定校を持っており、ガーナを含む多くのアフリカ諸国から外大に学びにくる学生もおり、相互的な交流が生まれています。
 
私にとっては初めてのアフリカでの長期滞在。乗合バスの乗り方、モバイルマネーの使い方、手洗い洗濯のやり方、マーケットでの買い物の仕方、何も知らない「赤ちゃん」として、私は常夏の国に降り立ちました。この「赤ちゃん」を教育してくれたのが、ガーナ大から外大に留学して私と仲良くなったリサです。大学の開始より少し早く留学を開始していた私は、しばらくリサの実家に泊めてもらい、ガーナ生活のいろはを学びました。

写真1: ガーナに到着した翌日
熱心なクリスチャンでとても面倒見が良いリサのお母さんは、私のガーナでの「お母さん」です。頻繁に電話し、私のことを気にかけてくれました。休暇中には「お母さん」のもとで過ごし、大学期間中も定期的に会いに行きました。私が将来、誰かと結婚する際には婚資交渉の当事者として参加すると帰国前に宣言されました。(笑)

写真2: リサ一家と帰国前の空港で
居場所は一つだけではありませんでした。マーケットを歩いていた際に偶然出会い、仲良くなった家族のもとには、毎週日曜日に通っていました。一緒に教会に行き、家に帰ってきたら、料理をしたり遊んだり、たまにはどこかに出かけたりしました。
 
毎週末、下町の家には知らない人が来ていたりします。話を聞くと、親戚のようです。そして、一緒に暮らしている兄弟姉妹は、両親が異なることもあります。また、子供のお世話は一つの家庭のみならず、同じコンパウンドに居住する人々全体で行います。最初は客人として迎え入れられた私ですが、次第に子供のお世話もするようになりました。お世話がしっかりできていないと叱られたりもしました。

ガーナでの家族の概念自体、非常に広いものだと感じます。ともに笑い、ともに支え合い、ともに食事をし、ともに子どもを育てる。核家族的で、血統に基づく家族観に支配されている日本的な感覚とは大きく異なった柔軟な家族システムの中に私も組み込まれているような気がしました。

写真3: 初めてのモールに目を輝かせる子供たち
初めてのアフリカでの生活、初めての一人暮らしとこの1年間は大変なことも多々ありました。外大が提供する制度、そして偶然の出会いが私に居場所をもたらしてくれました。異国の地でも帰る「家」があり、気が置けない「家族」がいることで心には余裕が生まれます。
 
家族のつながりは強いもの。日本にいる私を気にかけて、電話をかけてくれます。しかし、時差を考えずに真夜中にかけることだけはやめてほしいものです(笑)それでも、その声が私にとっては何よりの安心となります。
(おわり)
 
 
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3.FENICSイベントリポート
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★イベントリポート(古謝麻耶子) ①★
沖縄×アフリカー音楽と映像で共鳴・共感する沖縄とアフリカ」(2025年10月19日開催)
 
    古謝麻耶子(民族音楽・沖縄県立芸術大学非常勤)

2025年10月19日に東京外国語大学プロメテウスホールで「沖縄×アフリカ Music Festival 音楽と映像で共鳴・共感する沖縄とアフリカ」を開催した。モザンビーク出身のパーカッショニストMatchume Zango(マチュメ・ザンゴ)が来日するのに合わせて東京外国語大学/FENICSの椎野若菜さんと一緒に企画したイベントだ。マチュメさんは、私のティンビラ(木琴)の先生で、世界で活躍するミュージシャンである。

 椎野さんとのZoomミーティングでは様々なアイディアが浮上したが、「沖縄×アフリカ」のテーマで演奏&トークを行うという内容で落ち着いた。マチュメさん、そして、アーティスト&三線奏者として沖縄県内で活躍する平良亜弥さん、私の3人は、何回か一緒にセッションを重ねており、今回もこのメンバーで演奏することを決めた。


東京外国語大プロメテウスホール。学生が学園祭で行う「語劇」練習に忙しいなか、間をぬって会場を借りた。音響に関してプロは大学にいない・・・軽音部が協力してくれることになった。 マチュメさんのドラムはないか?という要望から軽音部からアンプ、サルサ研究会、ブラジル研究会が手をあげてくれた。網中昭世さんが、個人蔵の小さなアフリカの楽器を3つ、送ってくださった。

 「沖縄×アフリカ」という文字をみて、何を感じるかは人それぞれだろう。私は2006年に青年海外協力隊として初めてモザンビークを訪れた時に「モザンビークは私の出身地沖縄と似てる!」と当時強烈に感じた。まず驚いたのは気候がそっくりで、道端の花、生えている雑草がほとんど同じというところだった。また、モザンビークの言語や歴史を学ぶうちに、社会や文化にも共通点があるということを意識するようになった。
  
特に、共通語以外に多様な現地語が存在しているところ、書かれた記録が少ない中、歌によって地域の歴史が受け継がれてきたところなどは、興味深い共通点だった。多様な形での外部勢力による支配や、戦争という体験もやっぱりクロスするものがあるように思えた。沖縄を訪れたモザンビーク人の何人かは「沖縄は歴史もモザンビークと似ているところがあるのではないか」と言った。
  
しかし、こうした共通点を、モザンビークという国のことを知らない沖縄の人と共有するのは意外と難しい。アフリカと沖縄に共通点があるわけがないとみんな思い込んでいる人が多く、関心を持ってもらう段階で挫折してしまう。私の心の中では、沖縄とモザンビークという2つの編み棒によって編まれていくものがあるのに、編まれていくものを他の人には見てもらえない、なかなか共有できないというもどかしさがいつもつきまとっていた。

 こうした状況を変えてくれたのが、沖縄×モザンビーク、沖縄とモザンビークの音楽を掛け合わせた演奏である。沖縄でモザンビークの曲を紹介する時に、沖縄の歌や要素を混ぜると多くの人が、モザンビークの音楽や文化に親しみを持ってくれることに気がついた。初めは、あるリズムパターンの上に思い浮かんだ沖縄の歌をのせてみるということをたまに行うだけだったが、3年前、マチュメさんと共に沖縄の民謡の上に歌を創作するということもじっくり時間をかけて行ってみた。真剣なコラボレーションからは、多くの対話が生まれた。音楽そのものを体験することで得られるものは思っている以上に大きいのかもしれないとその時感じた。それに、音楽セッションはパフォーマンスとして上演したり、録音したものをいろいろな人に聞いてもらったりすることもできる。
  

その時空間を「音楽」を通じて共感・共有するイベントは、準備に時間がかかる。会場の準備をする人びとの支え、さらに演者は沖縄から東京にきて、初めての会場での本番に挑む。。

当初、私のセッションに臨む姿勢はぎこちなかった。モザンビークの人々に比べると私は表現の際の「緊張」がものすごく強い。この緊張が時に対話やセッションをよどませる。モザンビークの人々は対話やセッションの際に、自分が立っていない場所から何かを言おうせず、自分自身の立ち位置からリラックスして表現しているように見える。
  
私は、民謡を織り込むにしても、間違えてしまうのではないかと不安で、常に「楽譜」や「録音」を手元において確認しながら進めようとしていた。自分自身は常に「不完全」で、「完全」なものが自分の外にあり、それに頼らないといけないと思い込んでいた。
  
そのような中、「表現できるもので表現したらいい」とマチュメさんがセッションの途中で言い、私は徐々に変化していった。こうした経験を通して、私は緊張状態から解き放たれ、リラックスしてセッションを楽しむことができるようになった。また、沖縄の言語をちゃんと継承していない自分が沖縄の歌を歌ってみることも肯定できるようになった。世の中に、「完全」な人も「不完全」な人もいないような気がしてきたし、それぞれ自分が感じるものを表現することは意外と良い社会を作っていくために重要じゃないかとも思えてきた。
  
 今回、沖縄ではなく、東京で「沖縄×アフリカ」のコンサートをするのは少しチャレンジングなことに思えた。椎野さんと私は沖縄でもいろいろ議論を重ねていて、二人の間に共通する意識があったが、実際にモザンビークや沖縄のことに関心がある人がどれだけいるだろうかと不安だった。でも、きっと「音楽」は比較的多くの人を惹きつける力がある。ポスターのティンビラを見て、単純に「どんな音がする楽器だろう」と足を運ぶ人もいるかもしれない。そんなことを考えながら、準備を進めた。

(続く)

 
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4. FENICSからお知らせ
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FENICS協力のイベントが下記のように開催されます。お申込み締め切り1月20日!お急ぎください!
 
 
昭和のくらし博物館 ちゃぶ台講座1
「戦争と<私>をつなぐ物語を探す」プロジェクト関連企画
 
記録を“なぞる”ためのレッスン ──『慰問文集』再々発行プロジェクトを事例として
 
 
開催日時:2026年1月21日(水)19:00-20:30

開催方法:Zoomによるオンライン開催
 
参加費:無料
申し込み方法:こちらのフォームよりお申込みください https://forms.gle/4Pox1sdb2AMueaHr5
 
申込締切:1月20日(火)
 
 
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
 
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
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