FENICS メルマガ Vol.30 2017/1/25

1.今月のFENICS

今年初めてのメルマガです。怒涛のように一年の始まりの月も過ぎそうです。
大雪で大変な思いをなさっている方も多いかと存じます。世界の動きも、アメリカをはじめ、1月から目が離せません。
フィールドワーカーの方々同志のホットな情報交換が今年もできますように!

今年は、フィールドワーカーのみなさんからの貴重な体験がつまったFENICSシリーズの普及にも、より努めたいと思います。

みなさまも、どうかよろしくお願いします!

それでは本号の目次です。

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1.今月のFENICS
2.私のフィールドワーク(孫暁剛)
3.フィールドワーカーのおすすめ(木下靖子)
4.フィールドごはん(岩谷洋史)
5.今後のFENICSイベント
6.チラ見せ!FENICS
7.FENICS会員の活動

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2.私のフィールドワーク
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遊牧の「持続」と「変容」
孫暁剛 (生態人類学、14巻『フィールド写真術』分担執筆者)

「ラクダはここにいる、ウシもここにいる、ヤギもヒツジもここにいる。彼はこれ以上に、まだ何かほしいのか」
ナイロビに出稼ぎに行ってしまった長男のことを、レンディーレの長老が私にこうこぼした。たくさんの家畜をもつことや、多くの家族に囲まれて生活することに人生の幸せを感じる遊牧民の長老にとって、息子の行動は理解しがたいものだった。
「あの人たちみたいになりたくなければ、勉強して、勉強して、将来は私のようにナイロビに行け!」
集落の小学生たちに向かってつよい口調で説教しているのは、ナイロビの専門学校を卒業して国際開発機関の現地職員になったレンディーレの青年である。彼が「あの人たち」と呼んでいるのは、アカシアの木陰でのんびりと昼寝している長老たちだ。
地平線まで広がる半砂漠草原のなかを、今日も槍をもった長身の青年がラクダを連れて放牧に出かけている。その同じ原野にある遊牧集落では、いつしかこのような会話をよく聞くようになった。
北部ケニアの過酷な自然のなかで家畜とともに生きる遊牧民を研究対象としてきた私は、このような会話を聞くたびに複雑な気持ちになった。彼らの家畜の放牧管理について調査し、1970年代の先行研究と比較した結果、人びとは現在もラクダ・ウシ・ヤギ・ヒツジといった多種類の家畜を保有し、牧草地を共同利用して高い移動性を維持していることがわかった。一方、過去半世紀にわたる定住化政策や開発援助プロジェクトの影響によって、遊牧集落が町近郊に定着するようになり、出稼ぎに行く者や教育を受けた若者が増え、携帯電話ネットワークも開通し、外部との接触が格段に多くなった。このように国家の政治・経済システムや地域の商品経済に組み込まれてゆくのを見ていると、私は、この人びとがもはや遊牧だけでは生きていけないのではないかという疑問をもつことがたびたびあった。しかし、この辺境地でほかにどのような生計手段があるのか。この矛盾を感じながら、私は今も彼らの自然との関わり方や生計維持の仕方、そして生計戦略に注目した研究を続けている。

フィールドの行き方: 中東系の航空会社を利用して、成田空港からアラビア半島の東海岸の大都市まで約12時間。高級ブランドが集まるデパートのような空港で乗り換えて、砂の海のアラビア砂漠と綺麗な青色の紅海を横断して、約5時間でケニアの首都ナイロビに着く。ナイロビから四輪駆動の車を借りて北上し、約250kmのイシオロ市で一泊。翌日はさらに150kmの舗装道路を北上してから、北西に向かって80kmの未舗装のガタガタ道を進むと、レンディーレの人々が住む半砂漠草原地域に入る。

*写真キャプション:
少し照れているが格好いいレンディーレのお父さんだ。しかしこの子たちは将来お父さんと同じ生き方を選ぶのだろうか。

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3.フィールドワーカーのおすすめ
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木下 靖子(文化人類学)

私のフィールドは、南太平洋と日本の南西諸島に位置する離島だ。大学院生のとき、南太平洋の離島に数度通ってから、ある年の夏、宮古諸島の伊良部島に行った。訪ねた伊良部島の佐良浜地区は、かつて南方カツオ漁で栄えた集落だった。当時40代以上の男性のほとんどが、南太平洋に行きカツオ漁に従事した経験を持っていた。その南方行きを証明するように、どの家の床の間にも、パプアニューギニアやソロモンの木彫りのお面、大きな亀の剥製など南洋みやげが、ところせましと並べてあった。私の調査はもっぱらこの南方行きの“旅回り”の話を聞くことだった。「私も最近南方行きしてきた」というと、にわかに座は盛り上がった。

彼らが語る南方話は、主にはカツオ漁に関することだが、そこに住む島の人のようす、生活のようすなどの話も少なくない。特に語りの定型として人物を評するという分野がある。「情け深い人の話」や「すぐれたリーダーの話」や「機転が利いた話」などは、人物と行動を称えるもので、逆に「口ばかりでダメだった人の話」や「ズルをする人の話」や「ケチな人の話」などもある。いずれにせよ「そういうことも、あったということだな」で話は締めくくられる。生まれ島から海続きにつながっている遠いほかの島々、漁場での魚との知恵比べ、違う言葉を話す現地の人たちとの出会い、いろいろな人物が登場し活躍したり失敗したりする、島のおじぃっち(おじぃたち)の話はおもしろい。

この語りのおもしろさのエッセンスを手早く味わってもらえそうな小説に池上永一の『風車祭(カジマヤー)』がある。石垣島を舞台にした壮大な“ファンタジー”と紹介されているが、ファンタジー=うそごと、というだけではなく、私がフィールドで出会うひとびとやできごとを生々しく思い出させるような人物たちが登場してくる。たとえば妖怪ブタやマジナイや怒ったカミサマが登場するところがファンタジーと呼ばれる所以であるが、南西諸島はもとより南太平洋のフィールドでも「そういうことあるある、そういうひといるいる」という妙なリアリティーを感じさせる。

現在、私は宮古諸島の池間島に来て8カ月になる。一見とても静かな過疎の島だが、大なり小なり事件は毎日起きている。なにせ『風車祭』の登場人物に勝るとも劣らない多種多様な個性豊かなひとびとが暮らしているからだ。

海の向こうからやってきたカミサマが船を舫う大事な石というのが島にはあるが、これが現在はみんなが駐車場にしている草むらの中にひっそりとある。もちろん車で踏んではいけないらしいのだが、草に埋もれているため、知らない人が踏むこともある。みんなそんなカミサマの怒りにドッキリしながら、生と死の不思議さと理不尽さに折り合いをつけ、喜びと悲しみのバランスをとって今日を生きている。大事な石に囲いはつけないのである。
■池上永一 2009『風車祭(上)(下)』角川書店
■海洋文化館 http://oki-park.jp/kaiyohaku/inst/35/37
竹川大介(人類学)が映像でおさめた石垣島と伊良部島の漁業者「おじぃの話」を聞くことができる。

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4.フィールドごはん
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酒蔵での大晦日のおでん
岩谷洋史(文化人類学、14巻執筆者)

私が通っている家族経営の酒蔵は、毎年年末に元旦に搾られる日本酒の発送準備に追われる。午前0時を過ぎると同時に搾られる商品で、その日のうちにお客さんのもとに発送される。年末数日間は、酒蔵の家族、従業員、さらには周辺地域の手伝いの人たちが手分けして準備にあたるが、特に大晦日は皆、切羽詰まった感じになり、徹夜で作業が行われる。
この商品は、瓶詰め後、薄い白布で包装され、瓶に小さな杉飾りが付けられるのであるが、私は、毎年通うたびに、その杉飾りを作る役割を担っていた。杉飾りは、杉の枝から10cm程度、葉をハサミで切り取り、それを数枚重ねて、熨斗をつけて、そこに金銀色の糸巻針金を巻いて結んだものである。
私はこの大晦日もこの作業に掛かりきりになっていた。午後8時過ぎ、晩御飯の準備ができたと声がかかり、酒蔵内の各所で作業をやっていた皆が一箇所に集まり食卓を囲む。年によっては仕出し屋から購入したものであったり、手作りであったり、準備される料理も様々であるが、この大晦日の日は、大根、コンニャク、厚揚げ、練り物などの定番の具材が入ったおでんであった。
私は、皿にとり、辛子をつけながら、熱い具を口のなかにいれて頂く。また、酒蔵で作られた酒だけでなく、持ち寄られた各地の日本酒を飲みながら、日本酒の味、香り、舌触りを愉しむ。飲食が進むと、酒談義やよもやま話が始まり、食卓はささやかな宴会の感を呈してくる。この和気藹々とした雰囲気も味わいながら、今年もまたこの時期に酒蔵にいるという実感を抱くとともに、あと数時間で新年を迎えるにあたり、あと何時間で杉飾りを作る作業を終えることができるのであろうかと途方にもくれるのであった。

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5.今後のFENICSイベント
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★じわじわと、来年度からの予定を準備しています。
企画がある方も、ぜひお寄せください。

★現在、新年度すぐの出版にむけて6巻『マスメディアとの交話』、7巻『社会問題と出会う』の編集たけなわです。
今年は、遅れていた分がんばってキャッチアップしていきます!よろしくお願いします。

★お年玉プレゼント、まだ応募できます!
ご応募いただいた方、ありがとうございました!
まだ入手をしていない巻でほしい!!というものがありましたら、数に限りはございますがお年玉プレゼントさせていただきます。amazonに必ず、レビューを書いていただく!というのが条件です。
8冊をご検討いただき、
下記の事項をご記入のうえ、こちらまでご応募ください。
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宛先 fenicsevent@gmail.com
【件名】FENICS本お年玉プレゼント
・お名前
・ご住所
・ご所属(また学生か否か)
・希望する巻
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6.チラ見せ!FENICS
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100万人のフィールドワーカーシリーズ第2巻
『フィールドの見方』(増田研・梶丸岳・椎野若菜編)
「ひとり学際研究のすすめ―霊長類学から医学へ」
(塚原高広)

初めてここを訪れたときは、プロジェクトのパプアニューギニア側代表のW医師、それにウェワク病院医師、検査技師、看護師、さらに日本人研究者3名を加えた総勢20名で診療所に併設された空倉庫に雑魚寝だった。研究プロジェクトの一活動として、診療所や学校に寝泊まりして近隣の村を巡回していたのだ。住民のうち希望者から採血してマラリアの有無を調べ、マラリアを媒介するハマダラ蚊を採集するのが目的だ。
当時、私はまだマラリアの研究をはじめて1年しかたっていなかった。そもそも私は生物学科の出身だった。……

(2巻のご注文はFENICSホームページhttp://www.fenics.jpn.org/よりログインして、サイト内のオーダーフォームからご注文いただくと、FENICS紹介割引価格でご購入いただけます。ぜひご利用下さい)

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7.FENICS会員の活動
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・会員の橋本栄莉さん・村橋勲さん
2月5日、東京外国語大学で下記のシンポジウムが開かれます。
ウガンダ・マケレレ大学からクリスティン・ンピャング氏を招へいし開かれます。
アフリカ、とりわけ南スーダン、北ウガンダに関心のおありの方、ぜひともお運びください。
いま人類学でこの地域を研究する最もホットな若手の企画です。

ミニシンポジウム
「暴力、儀礼、ジェンダー:南スーダンと北部ウガンダの紛争後社会の事例から」

本シンポジウムでは、現代アフリカの紛争における暴力と儀礼を主題として発表・討論を行います。儀礼は、共同体や社会集団における秩序や世界観を創り、規範を維持・再生産するという機能を担ってきました。現代アフリカの紛争の文脈では、地域社会の再統合や社会関係の再構築において儀礼が果たす役割に注目が集まっています。本シンポジウムでは、南スーダンとウガンダの事例から、紛争下・紛争後社会においてどのような儀礼的実践が行われ、それを通じてどのような社会情勢や人間関係が生み出されているのかについて、特にジェンダーをめぐる観点を交えつつ議論を行います。

日時:2016年2月5日(日)
13:30~16:30
場所: 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 306
アクセス:http://www.aa.tufs.ac.jp/ja/about/access
言語:英語
無料
連絡先:wakana@aa.tufs.ac.jp 椎野若菜(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

発表者(1) 橋本栄莉 (JSPS/九州大学)
「額に刻まれた運命:南スーダンの武力紛争における儀礼と「男らしさ」」

発表者(2) クリスティン・ンピャング (マケレレ大学)
「北部ウガンダ紛争後社会における誘拐された若年女性の再統合と儀礼」

指定討論:村橋勲(大阪大学)、TBA

主催: 基盤(S) 「「アフリカ潜在力」と現代世界の困難の克服:人類の未来を展望する総合的地域研究」(ジェンダー・セクシュアリティ班)
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お問い合わせ・ご感想などはこちらよりお寄せ下さい。
https://fenics.jpn.org/contact/
メルマガ担当 梶丸(編集長)・椎野
FENICSウェブサイト:https://fenics.jpn.org/

寄稿者紹介

生態人類学

文化人類学

(文化人類学)


文化人類学