FENICS メルマガ Vol.125 2024/12/25
1.今月のFENICS
まさに2024年の暮れとなりました。クリスマスがおわり、一年の振り返りをせざるを得ない時期ですが、みなさま、それぞれにいかがでしたでしょうか?
親から、祖父母から、友人から・・プレゼントをもらえるクリスマスは、「子どもにとってパラダイス」と家人。子ども中心にセッティングをする機会の多い年末年始。そのたび、ウクライナ、ガザでは・・と心苦しくなります。
この12月の被団協のノーベル賞受賞が、今後の核なき平和への動きを変えてくれるか、期待するばかりです。
フィールドにおける経験を、見たことを、どう表現するか。言葉の使い方に敏感になることはその第一歩です。新春のFENICS企画、まだ空きがありますので、でもお早目に「FENICS 新春・川柳ワークショップ:野にでると川柳にあうぞ」へのご参加、ご一考ください。下記で詳細をごらんください。
さて、本号の目次です。
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1 今月のFENICS
2 私のフィールドワーク(山崎暢子)
3 FENICSよりお知らせ
4 会員の活躍(小西公大)
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2. 私のフィールドワーク
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いろんな休日:クリスマス、衝突編
山崎 暢子(人類学、アフリカ研究/京都大学アフリカ地域研究資料センター)
「ちょっとそこのあなた、身分証を見せて」
クリスマスが間近に迫った2018年12月のことだった。せわしく人が行きかうウガンダ北西部の町アルアの目抜き通りで白昼、わたしは見知らぬ2人組みの男性に呼び止められた。首からネームタグをぶら下げた1人はポロシャツにチノパン、もう1人はワイシャツにスラックス、いずれも革靴を履いて小ぎれいないで立ちをしている。ビジネスマンか何かの売人か。午前中のインタビュー調査を終えて目的地の青果店までひとりで歩いていたわたしは身体を一瞬こわばらせ、人目につく歩道から離れずに応答した。
「なんのご用でしょうか」。
「あなたはここで何しているの」。
「学生です、友人を訪ねに来ています」。聞けば彼らはイミグレーションの職員だという。
「パスポートを見せて」。
「いまは持っていません。宿にあります」。
本当は、緊急時用に携行しているコピーがその時もカバンのなかに入っていた。しかし、素性の知れない初対面の人間にこちらの情報を開示する必要もないと身構えた私はとっさに嘘をついていた。
「ビザを見せてもらわないと」と、詰め寄る2人に、
「なんの問題もありませんよ。今からわたしのカウンターパートに電話しますから、説明してもらいましょう」とわたしも食い下がる。
それでもなお、身分証の提示を求められたので、それなら今ここにわたしの友人に来てもらいたいと、わたしは提案した。すると、いずれにしても有効なビザが確認できないと問題だから、今から役所に行って手続きをするため100ドルを用意しろ、という展開を迎えた。
2人が何を求めていたのかようやく理解した私は軽く上気して、しかし丁寧であろうと一応は努めて、身振りを交え2人に説明した。
「サー(Sir)、わたしは学生だと申しました。わたしが今朝、何を口にしたかご存知ですか。これが驚き、何も食べていないんです。モーニングティーの一杯さえ飲めない学生が、いったいどうやってそんな大金を用意できるのでしょう。このルウェンゾリの水だけなんです」。
熱中症にならないよう持ち歩いているペットボトル飲料をしゃかしゃかと振って見せた私を、2人は首を横に振って笑いながら、「オーケー、オーケー、分かったよ」と言ってついに解放した。
アルアの町には、国境線を接する南スーダン共和国やコンゴ民主共和国、そしてウガンダの首都圏からも人口が流入している。都市開発に湧く県都の住民の社会関係は複雑化しただろう。もはや彼らが本当にイミグレの職員だったのかどうか、土地の人間であるのか、単なる通行人なのかどうかは、知るよしもない。人混みにまぎれてすぐに見えなくなった2人の背中からは、「とんだ外れだったな」と聞こえてくるような気もした。彼らはまた、別のターゲットを探しに向かうだろうか。
何かと物入りなクリスマスや年末年始に物盗りなどが一時的に増えるというのは、ウガンダに限った話ではない。住民すべてが顔見知りで、今日の調子はどう、仕事ははかどっているのとお互いに声をかけあう農村での生活とは異なり、当時、顔見知りのそう多くない町での滞在はわたしにとって少し緊張感の伴うものだった。トラブル回避と身の安全のためには、むやみに抵抗したり相手を逆なでするような言動は推奨されない。スリや強盗にあっても追いかけないのが一番である。
この時の2人のような露骨な無心に対する一か八かのわたしの切りかえしを、いつも笑ってもらえるとは限らない。それでもなぜかこの時のわたしは譲れなかった。それは、町の飲食店で食べるランチの相場が3,000ウガンダ・シリング(※)ほど、高い店でも15,000シリングほどのことを思うと、100ドルというのはやはり可愛くない金額だったからである。そしてナイーブにも、朝食に紅茶が飲めないことの意味をわたしも分かっているのだということを彼らに分かってほしかったのであり、自分はすっかり現地になじんだと思いこみ始めていたところに、明らかな訪問者として目星をつけられ声をかけられたことに面食らったのだった。
※ウガンダの通貨。2018年当時1米ドルはおよそ3,700シリング、110円に相当。
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3. FENICSよりお知らせ
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まだ空きがありますので、お早目に!!
FENICS 新春・川柳ワークショップ:野にでると川柳にあうぞ
フィールドワークをしているとさまざまなことを体験しますが、論文でもエッセイでもうまく表現できない物事ってたくさんありますよね。そうしたフィールドでの経験を表現するひとつのツールとして、川柳(現代川柳)を学んで、実際につくってみる、そしてフィールドワーカーとしてどういった使い出が川柳にはあるのかを一緒に考えてみるワークショップを実施することになりました。いろいろな表現活動にご関心のある方も、川柳ってサラリーマン川柳ぐらいしか知らないよという方も、ふるってご参加ください。
講師の暮田真名さんは、著書の『宇宙人のためのせんりゅう入門』で、現代川柳を社会の「普通」からこぼれ落ちていこうとするもの・マイノリティに目を向けるものだと述べています。そうであるならば、野に出て、世の中から目を向けられてこなかった人たちのもとに話を聞きに行き、あまり注意を払われてこなかったものを探しに行くフィールドワーカーの態度には、現代川柳の実践と重なる部分が多くあるのではないでしょうか。
今回のワークショップでは、暮田さんから川柳・現代川柳のレクチャーを受けたあと、参加者みんなで外に出て川柳のタネを探し、一緒に川柳を作り、そして発表会(句会)をする、「知る」と「やってみる」を全部込みで行います。
2025年新春、川柳という新しい世界を訪ねてみませんか。
■日時
2025年1月5日(日) 10:00~18:00
■場所
昭和のくらし博物館
東急池上線の久ヶ原駅より徒歩8分(*久ヶ原駅までは五反田駅から約15分、蒲田駅から約10分)
東急多摩川線「下丸子」駅より徒歩約8分(*下丸子駅までは渋谷から多摩川駅経由で約20分)。
■参加費
1500円(博物館入館料の500円込み)の予定
■募集人数
7名(予定)
■応募資格
フィールドワークを行う研究者・院生で、川柳や詩の表現に関心がある方
※当日までに『宇宙人のためのせんりゅう入門』(左右社)を一読されることを推奨します
■講師:暮田真名さん
1997 年生。川柳句集『ふりょの星』(左右社)。他に『補遺』『ぺら』(私家版)。『はじめまして現代川柳』(書肆侃侃房) 入集。「川柳句会こんとん」主宰。「当たり」「砕氷船」メンバー。
NHK 文化センター青山教室で「現代川柳ことはじめ」講師、荻窪「鱗」で「水曜日のこんとん」主催。
〈代表句〉
いけにえにフリルがあって恥ずかしい
コングラチュレーション 寝ない子 コングラチュレーション
2×2=4って夏の季語なの?
〈主な著作〉
句集『ふりょの星』(左右社)
川柳入門書『宇宙人のためのせんりゅう入門』(左右社)
■当日スケジュール(予定)
10:00- 開会、暮田さんより現代川柳についてミニレクチャー
12:00- 外に出て言葉を集める(途中各自で昼食)
14:00- 集めた言葉をもとに川柳をつくってみる
16:00- 発表会(句会)
17:30 閉会(予定)
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5. FENICS会員の活躍
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小西公大さん(FENICS理事・社会人類学 東京学芸大学)
小西公大(著)『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった。』大和書房
ご本人より;
「ヘタレているからこそ、他者とつながれる。他者と邂逅するからこそ、ゆらぐことができる・・・。
本作は、これまであまりなかった人類学者のフィールドワークにおけるダメな部分や失敗譚をベースに、逆像的にフィールドワークの豊かさを語ろうとする本です。
民族誌?旅行記?人類学に関するエッセイ?などなど、内容に関しては混乱する方もいらっしゃるかもしれませんが、多くの方にフィールドワークの持つ潜在的可能性や面白さを感じていただけるような内容(ノンフィクション)になっています。
この年で自身の恥を晒すのはなかなかにしんどいですが、笑い飛ばしていただければ。
ご興味がある方、ぜひお手に取っていただければ幸いです。」
小西さん、なんと今年二冊目。前回は編著『そして私も音楽になった: サウンド・アッサンブラージュの人類学』(うつつ堂)を出し、朝日新聞書評などにも扱われ、話題となりました。
そして今度は、単著!
「本書は、リアリティとイマジネーションの間を行き来する『物語り』です。」という(pp.327-328)。
日本とフィールドの間で年を少しずつ重ねながら、人間としてのライフコースの経験を積み、双方の社会における自分の在り方を考え、視点が少しずつ熟してきたから書けた「物語」であろう思います。
フィールドにおいて、自らと向き合うことになった人類学者の、新しいタッチの、フィールドワークを終えたばかりの人には書けない民族誌ともいえましょう。自らの研究室で変人類学研究所を立ち上げ運営する小西さんならではの作品です。フィールドでの経験をどう表現するのか、という意味でもヒントはたくさんつまっています。
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
よいお年をむかえください。
よいお年をむかえください。
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