FENICS メルマガ Vol.50  ☆彡50回達成記念号
 
この夏、日本は災害がつづいています。
台風、そして北海道での地震。被災された方々、少しずつ、日常を戻されているようにといつも祈っております。
 
毎月25日に発信しつづけているフィールドワーカーの声を集めたFENICSメルマガ、今号で50回となりました!!
50回記念で、少々特大でお届けします。運営も地道にやっておりますが、関心をもってくださる方も地道に増えております。
イベントやシリーズ本をつうじ、少しずつ人と人の輪がひろがり小さなプロジェクト、アイディアが少しずつ生まれていることにとても嬉しく思っております。これこそ、私たちFENICSがめざし期待して設立した目的です。
「だれそれと何かしたい!「やりませんか」と声をかけてくださること、お待ちしております。
今後とも、よろしくお願いします。
 
このたびは、最近新しくつながったアーティストの、吉國さんから力のこもったエッセイをいただきました。大平さんの子連れフィールドワークの連載もまだまだ続きます。また、フィールドから帰国したばかりの小西さんからはおすすめの名曲についていただきました。
 
それでは本号の目次です。お楽しみください!
 
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1.今月のFENICS
2.私のフィールドワーク(吉國元)
3.子連れフィールドワークの道(連載)(大平和希子)
4.フィールドワーカーのおすすめ (小西公大)
5.FENICSイベント:報告とお知らせ
6.FENICS会員の活躍(松本篤)           
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2. 私のフィールドワーク
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吉國元(画家)
 
ジンバブウェの幼稚園に通っていた時、僕は遊び場でつまづき派手にコケてしまった。半ズボンだったから、膝がすり剥け血が出ている。駆け寄ってきた友人はその場でアフリカのさらさらとした赤土を手に掬い、「これが傷に効くんだよ」とその土を傷口に擦り込んだ。僕は幼心にもそんなことはありえないと思う。でも彼に身を任せ、それを信じるフリをした。僕という器の中から友人の指の動きを見ているような気がした。血は土と混ざり合い、やがてそれは太陽が焼いたようなカサブタとなった。
 
例えばある特定の場面の雰囲気や手触りを描くとする。僕は必ずしも情景そのものを視覚的に再現して描く必要はないかも知れないと思う。
絶えず蘇るようなその一場面の肌触りや匂いは、むしろ全く別のシーンやポートレートを描いた時に顕れ、いつの間にその画面に定着しているからだ。
それは絵が完成し時間が経ってからふと気付く事がらで、そのような意味で、僕が描いた肉屋の店頭で吊るされている山羊とナイフを持つ黒い腕や、親指ピアノの演奏者エファト・ムジュル氏の小さな帽子や、頬杖をつく家政婦さんの遠い眼差しは、それそのものの記録であると共に、また別の、ジンバブウェで経験した何かの確かな片鱗なのかもしれない。僕は1986年に首都ハラレに生まれ、8歳ごろから絵を描き始めていた。昔も今も、つまり1996年に日本へと移住した後も、僕は「あの場所」で出会った人々を描いている。
 
フィールドワークという言葉から、僕は両親を想起する。
父の姿が見える。陽は高く、乾いた風がかすかに木々を揺らしてる、その雄大なジンバブウェの風景を父は横切っていく。バイク事故により大きなケガをし、足を引きづり杖をついている彼は、草木が生い茂る石だらけ遺跡を歩き、現地ガイドの話に半ば耳を傾け、スケッチを描いている。
一方母は、子供二人をアフリカで育てるせわしない生活の合間に、ジンバブウェの普通の人びとを取材している。家に出入りしていた学生時代の友人や、看護師、庭師、家政婦さんの話。アイロンをかけたハンカチのような、慎ましくも折り目正しい人々の生活と日常の細やかなディテールが、母の文体とイラストで描かれる。
 
僕にとってジンバブウェを問うことの半分には、家族と僕自身を問うことでもあった。何故この両親の元でアフリカで生まれたのだろう?
黒髪で黄色がかった肌をした僕は、当然白人でも黒人でもない。独立したとはいえ、白と黒はこの国では侵略や搾取の、暴力的な植民地支配の歴史を背景に孕んでいる。その中で、僕は中立ですらなく、ほとんど透明な存在のように自分自身を思い込んでいた。
 
ところが現在、まさにそのような自分こそ、否応なく政治的な存在であったと思い返すようになった。
コロニーに関する歴史を紐解くまでもなく、現代の日本で成人として生きる事は、歴史や社会構造の中で何らかの搾取や支配、暴力と関わっている。
さらに僕自身の立場、とりわけアフリカ人を描く事に関しては、描き表象する側と描かれる側にある非対称的な力関係にも気づかされる。
 
「ある特定の場所で感じた雰囲気や手触り」は遠い国の出来事だけではない。それは現在足元で起こっている事でもあり、その場所は現代日本とも関係している。戦争、コロニアル、ポストコロニアル、レイシズムやマイノリティー。観念やタームとしてではなく、その言葉を実際に経験し生きた人々の声は意外にも、無意識のうちに捨象しがちであるように思える。まだ始まったばかりの僕にとってのフィールドワークとは、そのような声に出会う事ではあるまいか。父の死、そして生まれた場所の独立を導いたムガベ大統領の失脚、2018年の夏に初めての個展「アフリカ都市経験:1981年植民地以降のジンバブウェ・ハラレの物語』を開催し、より強く思うようになった。ジンバブウェを訪れる必要がある。僕自身の記憶としてではなく、今度こそ僕の知らない他者としてのジンバブウェに会いに行かなきゃと思うようになった。
 
写真:“アフリカ都市経験:1981年植民地以降のジンバブウェ・ハラレの物語” /OGUMAG ギャラリー 写真:白井晴幸
 
吉國元 1986年ジンバブウェ・ハラレ生まれ。画家。1996年以降は日本を拠点に活動。 https://www.motoyoshikuni.com/
多摩美術大学造形表現学部造形学科卒業。
2015  “Standing on the Line” 高橋芙実と2人展/ OGUMAG ギャラリー、東京
2018  “アフリカ都市経験:1981年植民地以降のジンバブウェ・ハラレの物語” /OGUMAG ギャラリー、東京他グループ展多数
 
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3.子連れフィールドワークの道(連載)
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ウガンダ・乳児・渡航編−②
    大平和希子(国際関係学・東京大学大学院博士後期課程)
 

写真:  「エンテベ便でルワンダ人に抱っこされてご機嫌」 

私と息子がウガンダへ出発したのは12月25日。イルミネーションで輝く羽田空港に10ヶ月の息子は大興奮。深夜フライトだというのにゲートに着くまで一睡もしなかった。眠いのを我慢して目をこする息子を抱っこして飛行機に乗り込むと、隣の席に同じく10ヶ月の女の子と3歳のお姉ちゃんを抱えたルーマニア人女性が搭乗してきた。彼女は赤ちゃんに何度もおっぱいをあげ、お姉ちゃんを追いかけ回し、機内食を食べる暇も眠る時間もなさそうだった。目的がフィールドワークだろうと帰省だろうと、赤ちゃん連れのロングフライトは楽ではないのだ。
 アジア人やヨーロッパ人が多い羽田―ドーハ便と違い、ドーハ―エンテベ便はアフリカ人の乗客がほとんどだ。飛行機自体も小さく、他の乗客との距離も随分と近く感じる。ドーハ便でぐっすりと眠ったからか、一睡もしない息子を代わる代わる抱っこしてくれるルワンダ人やウガンダ人。ここにエンテベ便の魅力がある。
 
今回利用したカタール航空は、赤ちゃん連れにはとてもおすすめだ。オムツや離乳食の準備があり、フライトアテンダントもとても親切だ。何より驚いたのが到着時。他の航空会社もそうなのかもしれないが、赤ちゃん連れだとクルーの次に荷物が出てくる。いつもエンテベ空港ではロストバゲッジを心配しながら荷物が出てくるのを待つのだが、今回バゲッジクレームに要した時間は3分。また、本来なら荷物検査の後に出口に向かうのだが、赤ちゃん連れの私を見て、スタッフが“It’s ok, you can go.”とあっさりと通してくれた。この適当さの是非はさておき、飛行機を降りてから空港を出るまでたったの10分しかかからず、赤ちゃん連れの旅にはこんな利点があったのかと驚いた。
 空港を出ると、当時カンパラで働いていた夫が待ってくれていた。3ヶ月ぶりの父親にどんな反応を見せるのかとドキドキしていたが、結果は見事に大泣き。ギャーギャー泣きながら私に抱っこをせがんでくる。この3ヶ月母親にべったりだったので当たり前かと思いつつも、隣でショックを受けている夫を見ると私も悲しくなった。
 
 渋滞の中を進むこと1時間。今回の滞在先である一軒家に到着した。長期留守中の友人が快く貸してくれたのだ。電気・水道・ガスのあるカンパラ郊外の2LDK。ウガンダでは決して当たり前ではない設備が整っていることが本当にありがたかった。また、実に「ウガンダらしい」立地も気に入った。道路を一本下ったところにはスラムが広がり、週末には夜中まで大音量のウガンダミュージックが鳴り響く。朝は鶏の鳴き声で目覚め、近所のマーケットへ買い物に出ようとでこぼこ道を歩けば、子どもたちが「ベイビー、ベイビー」と寄ってくる。
 日本とは何もかも違うこの生活の中で、息子は何を感じ、考えるのだろうか。また、私自身、近い未来の子連れフィールドワークに向けて、心の準備を整えることができるのだろうか。3週間の滞在から学べることに期待を寄せながら、家族3人のウガンダ暮らしが幕を開けた。
つづく
 
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4.フィールドワーカーのおすすめ
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「砂漠の学校からHello, Goodbye」
                  小西公大(FENICS理事)
 

校長先生を囲んで

 雨季に入ったばかりの、インド西部の砂漠地帯へ。今回の調査は、この砂漠の真ん中に3年前に開校された、部族民の子供たちを対象とするシュタイナー教育校(Darbari Waldorf School)の実践を明らかにすることだ。広く普及しつつある公教育から、そして社会そのものから排除されてきた子供たちと、ヨーロッパ発祥のオルタナティブ教育が出会った時、どのような化学反応を起こすのか。胸をときめかせての調査となった。
 調査の概要と成果は今後詳らかにしていきたいが、今回とても印象的だったのが、午前中のメインレッスンが始まる前の集会の様子だ。総勢26名の子供たちと教員が一堂に集まってのホームルームだが、フランス人の校長がおもむろにギターを抱え、キャンプファイアーさながら笑顔の大合唱となった。他の初等教育校では国歌や州歌を厳格な空気のなかで唱和するのが一般的だが、ここではThe Beatlesの“Hello, Goodbye”をはじめとする英語・フランス語などのポップソングや民謡が、各人の思うように朗らかに歌われていた。校長や教員たちの趣味丸出しの集会だが、子供たちのあまりに楽しげな姿に、この学校の教育スタイルの根幹に触れたような気がしたのだった。
 
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4.FENICSイベント
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 (1)報告:高校との連携の始まり?昨年12月9日開催のFENICSイベント「フィールドで/教室で社会問題に出会う」に関連し構築されたつながりが少しずつ動いています。
 8月30日、FENICS理事の椎野若菜が渋谷教育学園渋谷の教員研修にて、「先生たちのためのフィールドワーク方法論ーその醍醐味を子どもたちと実践するには」と題し講演し先生方と交流しました。
  「スーパーグローバルハイスクール」に指定された学校で、すでに毎年、学生を連れ出し論集づくりやプレゼンを行い、さらに学生同士でも評価しあっている様子に驚かされました。ただインターネットに多くを負う美しい論集づくりより、より現場でおこったこと、見たこと行ったこと、により注目し、もっと「フィールド」、現場の面白さを学生にわかってもらいたい、FENICSシリーズを基にした活動には大きな意味、需要があるはず必要があるはず、と実感しました。
 10月13日 AA研にて高校の先生がたと『社会問題と出会う』をはじめとするシリーズの高校での活用法について議論する予定。
 10月16日 桐朋女子高等学校にて椎野が『社会問題と出会う』の授業を行なう予定。
 
(2)エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(EC)上映会「住処(すみか)をつくる」http://www.setagaya-ldc.net/program/426/
 
「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」(以下「ECフィルム」)。以降40年余りの歳月をかけて、あまたの研究者やカメラマンが世界各地に赴き、そこに生きる人々の暮らしや儀礼、動植物の生命活動を3000タイトルもの映像に収めました。
「家をつくる」ことも例外ではありません。家族や村の人たちと力を合わせ、自分たちの家は自分たちでつくるもの。
しかし現代の日本では、建築にまつわる様々な制約のなか、それはとても遠い、考えにくいことになってしまいました。
そんな日本でも、10数年をかけ、果敢に一人でコンクリート製のビルを建て続けている人がいます。建築家の、岡啓輔さんです。
本上映会では、ECフィルムの映像群から世界各地の人々や動物が自分の住処をつくる映像を選び、岡啓輔さんとともに、観ていきます。
自分の住処を自分の手でつくり上げる喜びを、果たして私たちは取り戻すことができるのでしょうか?
 
日時:2018年11月11日(日) 14:00-16:30
会場:生活工房 ワークショップルームA
定員:50名(申込先着順) 参加費:1,000円
ゲスト:岡啓輔(蟻鱒鳶ル/一級建築士)
 
【上映予定作品】*上映順未定、ほとんどが無声。
 
「家の模型づくり」(オセアニア 西ニューギニア 中央高地/アイポ族)1975年撮影/12分
「家の建築」(タイ チェン・ライ県/アカ族)1965年撮影/14分
「切妻屋根の長方形の小屋の建築」(北東ニューギニア レロン川上流域/ヴァントート族)1956-57年撮影/6分
「アシでトンネル型の小屋を葺く」(イラク/マッダン・アラビア人)1955年撮影/9分30秒
「テントづくりと組み立て」(モロッコ アトラス山脈中部/ベニ・ムギルト族)1964年撮影/10分
「ドーム型家屋の建築」(西アフリカ オートボルタ/リマイベ族)1962年撮影/9分
「小屋づくり」(赤道アフリカ サンガ地方/ビンガ・ピグミー族)1976年撮影/20分30秒
「フィルズ・クーヒ族の天幕小屋”ユルト”の設営」(アフガニスタン)1977年撮影/12分 ほか
 
申込:申込フォームまたは電話(03-5432-1543)にて、9月25日午前10時より受付開始します。
 
(3)今年12月のFENICSのイベントは、昨年に出版された『マスメディアとフィールドワーカー』の出版記念となります。
登壇者は下記のとおり!!!
 
「ジャーナリストとフィールドワーカー(仮称)」
 
開催日時 12月1日 13:30~17:30
 
登壇者  村橋勲(文化人類学・京都大学)、小林誠(社会人類学・東京経済大学)、櫛引素夫(専門地域調査士・青森大学)、福井幸太郎(自然地理学・立山カルデラ砂防博物館)
 
開催場所 武蔵野公会堂(吉祥寺駅から徒歩5分)
 
子供向けの部屋も確保してあります。どうかご予定、あけておいてください!
 
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5.FENICS会員の活躍
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松本篤さんよりお知らせです。
 
松本さんは「はな子のいる風景」についてお話する予定。「ディスカッションでは、『記憶を巡回させる仕組み』のあり方について議論できればと思っています。それはひいては、展覧会や本などの『メディア』のあり方についての議論とも重なってくると思われます。」
 
ディスカッション1|めぐりめぐる記憶のかたち 申込受付中!
イメージは、どこまで届くのか?
 
日時:2018年10月10日(水)19:00-21:00(18:30開場)
会場:ROOM302(東京都千代田区外神田6-11-14-302 [3331 Arts Chiyoda 3F])
参加費: 無料
定員 30名(事前申込制/先着順)
 
申込方法など、詳しくはこちら 
 
ゲスト
岡村幸宣 (原爆の図丸木美術館学芸員)
松本篤 (NPO法人remoメンバー/AHA!世話人)
 
 
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以上です。今月のメルマガはいかがでしたか。
お知らせ、いつでもご連絡ください。発信、掲載いたします。
FENICSと共催・協力イベントをご企画いただける場合、いつでもご連絡ください。
 
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お問い合わせ・ご感想などはこちらよりお寄せ下さい。
メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
FENICSウェブサイト:https://fenics.jpn.org/ 

寄稿者紹介

画家 |

1986年ジンバブウェ・ハラレ生まれ。画家。1996年以降は日本を拠点に活動。 

大学院博士課程 at 東京大学

国際関係学

社会人類学 at 東京学芸大学 |
NPO法人記録と表現とメディアのための組織