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 いま、フィールドにいらっしゃる方、あるいは家族や学生さんやお知り合いが海外にいらっしゃる方。いままで経験のなかった、想像ができなかった事態になっており、いま、どう判断し行動すべきか迷っておられる方もいらっしゃると思います。知っておくといいウェブサイトをはじめ、内藤直樹さんにご経験から「脱出」に関してご寄稿いただきました。私も、たいへん助かりました。みなさまも、ぜひご一読を。また、よろしければ情報のアップデートや感想、ご経験もおよせください。              (編集人・椎野)

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「脱出」の時

内藤直樹(生態人類学・アフリカ地域研究 徳島大学)

今回のコロナウィルス感染地域の爆発的拡大により、これまで我々が「まさか」と思っていた国境を超える人の移動等の私権の制限に踏み切る国が相次いでいる。その結果、航空便も続々と減便・キャンセルされるに至っている。春休み中に調査・スタディツアー・学会発表などで海外渡航しているフィールドワーカーも多いに違いない。だが、いまは「脱出」の時だ。すでに遅い場合もあるが、早急に帰国することをお勧めする。なぜなら、再び国境を越える移動が可能になるのがいつになるのか、現時点では正確な予測がつかないためだ。

 コロナウィルスをめぐる事態の展開は驚くほど早い。私自身は2020年2月末〜3月11日までのあいだ、スタディツアーでイタリアに滞在した。イタリアでコロナウィルス感染者が確認されたのは1月30日、最初の死亡者が確認されたのは2月21日であった。2月末の時点では、イタリア北部は外務省の感染症危険レベル2に指定されていたが、それ以外の地域はレベル0だった。それが3月8日のコンテ首相による、イタリア全土を対象にした移動制限令等の発表を契機に、全土が感染症危険レベル2地域に引き上げられることとなった。その後の3月16日には欧州全体が3月22日にはアメリカがレベル2に指定された。また3月18日には全世界がレベル1に指定されている。他国に目を向けても、たとえばオーストラリアのように、すべての自国民の海外渡航とすべての渡航者の入国を禁止する国も増えてきている。同様の動きは東南アジアやアフリカ諸国においても拡大している。世界中で地域や国境を越える人の動きが急速に進行している。こうした感染拡大を防ぐためのロックダウン(閉鎖)の処置はいつ終わるかも正確に予測できないし、さらに強化されることすらあるかもしれない。重要なのは、こうした渦中に巻き込まれる中で、なるべく正確な情報を把握し、なるべく妥当な判断をし、なるべく無事でいることである。以降はイタリアでの経験をもとに、世界中が同時に国境を閉ざすなかで帰国するために有用だった情報・ツール・考え方を紹介する。

2)公的な情報入手の重要性

フィールドワーク歴が長い読者の中には、さまざまな人脈から噂レベルの段階での情報をいち早く入手できる人もいるだろう。基本的にロックダウンに関わる政令は、発表後数時間から数日後に施行される。こうした発表は、公的機関からの情報源によって入手可能である。さまざまな噂といった情報源の場合、いつも情報源にアクティブにアクセスしなければ得ることが出来ないし、真義を判定する必要もある。このため、うっかり情報を得ていなかった時に事態が進行すると手遅れ(ロックダウン前に脱出できない)になる可能性がある。

フィールドワーク歴が長い読者には盲点かもしれないが、外務省によるたびレジ(海外安全情報配信サービス)に、滞在国・滞在期間・メールアドレスを登録しておくと、滞在国の治安や感染症情勢の変化に関する最新情報を素早く受け取ることが出来て便利である。もちろん3ヶ月以上滞在する者は在留届を提出する。両方ともHPを通じて登録可能である(https://www.ezairyu.mofa.go.jp)。

使用感としては、感染症危険レベルの変化、ロックダウン、可能な帰国便等に関する最新情報がオンタイムでPCやスマートフォンに送信されて便利である。また、在外公館のHPにアクセスして最新情報を入手する。さらに必要に応じて在外公館に電話連絡して、直接アドバイスを請うこともできる。また、新聞・テレビ・Web等を通じて滞在国の政府による公式発表を獲得することはもちろん重要である。これらの情報を獲得するために、電話をかけることができるスマートフォンの持参は必須であろう。

これらの情報をもとに感染症危険レベルの許容しがたい上昇(フィールドワーカーの所属機関による)やロックダウン政策の発動に関する正確な情報を把握し、脱出のタイミングを把握する。

2) 帰国便を予約する

 感染症危険レベルの許容しがたい上昇やロックダウン政策の発動に関する情報を確認した場合、基本的には即座に旅程を変更し、すみやかな帰国を検討することが望ましい。この場合、非常に重要なのは、数日後では無く、その日や翌日といった直近の便を確保することである。なぜなら、イタリアの例でも示したように、感染症危険レベルの急激な上昇やロックダウン政策の発動時には事態は急激に進行する。このため数時間〜せいぜい1日以上先のことについては、予測が不可能な状況となる。それゆえ、数日後の便を予約した場合にはその日になると全航空便の離発着が無くなるというリスクが高まる。このため2020年3月22日現在で、世界の多くの航空会社は予約キャンセルや変更手数料を徴収しないという対処方法をとっているケースが多いと思われる。これは航空機を飛ばせるかどうかの予測が、それだけつきにくい状況にあるということを如実に示している。

 帰国便の予約は、可能な限り速やかにおこなう。航空券の価格は需要と供給のバランスによって大きく影響される。このため、感染症危険レベルの許容しがたい上昇やロックダウン政策の発動に関する情報の流通後に時間が経過すればするほど、航空券の価格は時には数倍から10倍程度にまで上昇する。また、このように需要が高い状態にある航空機は、あっという間に満席になる。それが最後の1便であった場合には、滞在国からの空路での出国方法が無くなってしまう。

 航空券の予約に関してもう一点注意しなければならないのは、航空券の予約サイトや航空会社のサイトでは、もう飛ばないことになった便を販売していることがある点である。また、何らかの理由で直前にフライトがキャンセルされるといったこともありうる。これを避けるために有用なのが、リアルタイムフライト追跡サイト(https://ja.flightaware.com)である。これが世界中の航空機がいま、どこを飛んでいるのかリアルタイムで表示するサイトである。

航空券の予約サイトや航空会社のサイトで有望な帰国便を発見したら、リアルタイムフライト追跡サイトで確認する。まず、そのフライトがここ数日間でどの程度予定通り飛んでいるかを確認する。これまでおおむね予定通りに飛んでいることを確認した上で、さらに念を入れたい場合は、乗ろうとしている飛行機がいま目的地から滞在地まで飛んでいることを確認した後に購入すると、実際に飛ぶ航空機を予約できる確率が高まる。航空機はゴーストフライトを避けるためである。つまり出発地か目的地の政府が新たに強力なロックダウン政策を施行しない限り、飛んで来たのであれば、乗客を乗せて帰って行く。

3) 経由地の情報も確認する

 航空券を購入する上でもうひとつ重要なことは経由地の確認である。フィールドから日本までの直行便が予約できている場合を除けば、別の国を経由して帰国することになる。すでにオーストラリアやシンガポールなど、国際線の経由も認めない国が現れている。こうした国の空港が経由地の航空便は、予約サイトで予約可能であっても飛ばない。それゆえ航空券を購入時には、経由国の政策も確認する必要がある。経由地における入国や経由に関する政策は、その国の在外公館サイトを通じて確認することができる。在外公館サイトの情報が不十分な場合は、直接電話をかけて確認する(緊急時には24時間対応)。
 またロックダウン政策が世界的に拡大している状況のなかでは、経由地での入国手続きが必要なトランジット便はお薦めできない。必ず経由便(経由地での入国手続き不要)を購入する。なぜなら、各国のロックダウン政策は日々刻々厳格化しているため、経由地に降り立った時に、入国を認めなかったり、入国者の隔離をおこなう政策にシフトしている可能性があるためである。

このように航空券を購入する際には、①リアルタイムフライト追跡サイトで直近-現在の飛行状況と、②経由地の在外公館サイト等で経由地のロックダウン政策を確認後におこなうことが望ましい。ロックダウン開始前の慌ただしい時間の中で一連の情報収集をおこなうことは大変だが、だからこそ有用な情報源については登録やブックマークする等の準備をしておくと良いだろう。

4) 間に合わなかった場合すぐすべきこと

 極めて慌ただしい時間で首尾良く帰国便を確保できるかどうかには、運の側面もある。もし間に合わなかった場合にすぐすべきことは海外旅行傷害保険の延長である。東京海上日動やAIG損害保険の場合は、保険期間内であれば延長が可能である。保険の延長は保険の受取人や一括契約をしている大学等からおこなうことができる。航空機の遅延特約が含まれていれば、恐らく数万円ではあるが保険金が支払われる可能性がある。

 だが、より重要なことは、コロナウィルスという病原体のリスクにさらされている今、高度な医療サービスを受けることが出来る状態を維持しておくことである。フィールドワーカーのみなさんは、クレジットカード付帯ではなく海外旅行傷害保険に加入しているはずである。それは海外旅行傷害保険では治療・救援費用が無制限の契約が可能だからである(クレジットカード付帯保険の多くは最高額が150-300万円である)。ひとまずは治療・救援費用が無制限の状態を維持しておくのが何より重要であると考えられる。

 また、滞在国のたびレジに登録しすると同時に在外公館に連絡する。こうすることで臨時便などが飛ぶ場合にいち早く情報を入手することが可能になるだろう。

5)日本に帰ってきて

 運良く日本に戻った方は、到着した国際空港において必要に応じた検疫を受けることが重要である。イタリアから帰国した私は検疫官に公的に相談し、帰国後の行動に関するアドバイスを受けた。現在の日本では、帰国者に対するゼノフォビア的な反応が目立っている。これには日本におけるPCR検査対象の特性(新規入国者に対する検査を重視)を無視したマスメディアによる報道にも影響されている。このようななかでは、周囲の人びとおよびフィールドワーカー自身の身を守るために、検疫官の指示や国や県の指針に従うことが重要である。