FENICS メルマガ Vol.112 2023/11/25
1.今月のFENICS
今年もあと、ひとつきとなりました。秋はさまざまなイベントがあり、お忙しい方も多いのではないでしょうか。11月の半ばには東京外大で南アジアと東アフリカの若者についての国際シンポジウムを開催し、招へいした海外から研究者向けに東京・浅草寺をはじめとするエクスカーションを実施しましたら、これまで見たこともない海外からの観光客の多さで、写真をとるのも一苦労でした。また11月24日に開催した、アフリカの木琴とクラシックの共演を試みたFENICS協力のコンサートも、大盛会でした。ご来場、まことにありがとうございました。
来月には沖縄・うちなあの家でのFENICSサロン、またFENICS理事、白石壮一郎さんの企画による展示「ダイアローグ:松丘保養園と出会う」と、イベント「フォーラム「市民協業時代における大学的フィールドワークの可能性」が弘前大学で、正会員の野口靖さん企画による展示が東京都写真美術館であります。FENICSでおなじみのECフィルムに関するインスタレーションです。
つづくメルマガでの詳細をご覧になり、ぜひお運びください。
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さて、本号の目次です。
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1 今月のFENICS
2 私のフィールドワーク(4)(白石壮一郎)
3 子連れフィールドワーク(8)(杉江あい)
4 FENICSからのお知らせ
5 FENICS会員の活躍(野口靖・大海悠太/白石壮一郎)
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2. 私のフィールドワーク④(白石壮一郎)
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ウガンダの大学生、卒業生はどんな人たちなのか?(その4)
昨年夏と今年の夏、私はウガンダ東端のエルゴン山域出身のマケレレ大学学生・卒業者にインタビュー調査した。前回の、出自はエルゴン山だがほとんど首都圏育ちのメアと異なり、今回紹介するのはエルゴン山で子ども時代の大半を過ごした農村出身者である。とはいえ、子どもの大学進学までの経済的な支援が可能だったのだから、農村の多数派ではない。かれらの出身地であるエルゴン山から首都カンパラまでは、自動車道路が舗装された現在は1日あれば移動できる。それでも5-6時間はかかると思う。
メアと同じくこのインタビュー調査の起点となってくれたもうひとりが、私のウガンダの「弟」が紹介してくれたムタイである。2019年にマケレレ大学のソフトウェア・エンジニアリングコースを卒業したかれは、在学中にMbale/Sironko/Kapchorwa Mission Teamという、エルゴン山とその山麓部の地域出身の大学生のキリスト教グループの書記長を務めた(かれ自身はペンテコステ派)。サビニ人の学生やOB、OGを紹介してくれるだろうという私の期待にかれは応じてくれ、5人を紹介してくれた(感謝!)。かれ経由ではイスラーム教徒にはアクセスできないが、国内では少数民族集団であるサビニ人の大学生・卒業生にアクセスするには、それはひとまずしかたがない。
ムタイの父親は国軍UPDFに勤めていた(もうすぐ停年)。父母ともセカンダリスクールまで進学している。父親は卒業試験で失敗し進学を諦め、軍隊に入った。母親はセカンダリスクールのA1まで進級したのだが、最終学年A2を前に中退し父親と結婚。ムタイは男5人女1人の6人きょうだいの第2子次男。すぐ下の妹もマケレレ大学教育学部の学部生、すぐ上の兄はエンジニアの専門学校卒、弟たちはまだセカンダリスクール在学中だ。
小学校の一時期は、父の転勤で首都カンパラで過ごしたが、7年中4年以上は地元のエルゴン山のなかの学校に通った。かれが地元を出て進学したのはセカンダリスクールからだ。ほんとうは小学生のころ暮らしたことのあるカンパラの学校に行きたかったが、父親のすすめで東部ウガンダの都市Jinjaにある公立の全寮制男子校に進学し、セカンダリ前半のO1からO4と後半A1、A2の計6年間をここで過ごした。ムタイはこの伝統校が好きだったと言うが、最初のうちは苦労があった。大半の生徒はソガ人かテソ人で、サビニ人は少数派。言語や文化、そしてかれら特有のノリに慣れるまでに時間がかかったという。授業はすべて英語でおこなわれるので問題ないのだが、問題は級友とのコミュニケーションだ。だが、1年も経たぬうちに周囲とは打ち解け、級友とのやりとりや演劇や踊りを通してソガ語も少しずつ習得し、学校でことあるごとに歌うソガ王国の歌も歌えるようになった。
父親の給料はかれの学費を支払うのにつねに十分だったわけではない。学費を滞納している生徒には、学食で使うミールカードが配布されない。かれはたいていこのミールカードをもっていなかった。それでも級友に協力してごまかしてもらったり、見張りの教員がいない早朝5時に起床して一番乗りで食堂に入ったりした。雨の日は教員の出勤も遅れがちなので多少ゆっくり行っても大丈夫だった。こうした経済上のピンチは、両親の協力あって切り抜けられた。当時エルゴン山に暮らした母親は、単身赴任中の父に代わって土地の一部を担保に村びとから借金して資金を捻出したりしていた。
前回に登場した両親ともマケレレ大学卒のメアと比べると、ムタイの両親はセカンダリ卒および中退と、階層的にはややhumbleな出自と言える。いちどエルゴン山に帰省中のムタイからカンパラにいる私に電話があった。母親に電話をかわるからサビニ語で話せとかれに言われ、もとめられたとおり私はサビニ語で挨拶と自己紹介とすこし世間話をし、相手は驚き笑い転げていたが、たしかにごく普通の山村の主婦というかんじだった。だが、父親が国軍勤めの給与所得者という条件は、そうあることではない。
経済的恩恵だけではない。親が国家公務員や銀行員の場合、転勤がある。するとメアやムタイがそうであったように、子が勤務先の都市圏での通学の機会を得ることとなる。また、親は職場の同僚から都市圏の進学先などの情報を得ることができる。ムタイ本人も、週末などに父親の宿舎に行くと、父親が職場から持ち込んできた先月分の古新聞があり、そこからさまざまな情報を得たという。つまり、親の地元外への転勤によって子は情報面でも恩恵を受けることになるようだ。
(つづく)
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3. 子連れフィールドワーク(連載)⑧(杉江あい)
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子連れフィールドワーク@陸前高田⑧
杉江あい(人文地理学/京都大学文学研究科)
2022年度はコロナ禍でフィールドワークに行けなかった鬱憤を晴らすかのように、3回高田に通った。今回お届けするのはその3回目で、PCR検査も受けず、マスクをするくらいでほとんど何もCovid-19対策をせずに行った(写真1)。学位論文の審査や入試業務の合間を縫っての強行になってしまったが(2月18日~23日)、今回は調査だけでなく、地元の方をまじえた科研共同研究の報告会も対面とオンラインのハイブリッドで実施することができ(於:陸前高田市コミュニティホール)、地元のメディア(東海新報、岩手日報)にも取り上げていただいた。当日、慌ただしすぎて集合写真以外の写真を撮る時間もなく、様子を視覚的にお伝えできないのが残念である。2022年度1回目のフィールドワーク(事前のPCR検査に加え、混雑する新幹線を避けて名古屋⇔高田を自家用車で往復)のときには、対面でこうした集まりができるなんて想像できなかった。
今回も前回同様、夫が仕事を休めなかったので同級生のYちゃんに同行してもらった。前回、下の子がインタビュー中に外に出て行ってしまって困ったので、今回は上記の報告会以外のときも、インタビュー時には子どもを預けることにした。前回も研究会のときには、高田で訪問型保育士をしているDさんとその保育仲間の方に子どもを預けていた。研究会・報告会のときはグローバルキャンパス(前号参照)やコミュニティホールのような会場を借りているので、同じ施設にある別の貸し会議室も借りておいて、保育士さんたちに子どもを見ていただく形をとっていた(グローバルキャンパス、コミュニティホールともに和室があり、ありがたかった)。しかし、インタビュー時はそうした会場ではなく、先方の事業所などにうかがう形なので、子どもを見ていただく場所がない。そこで、まちづくり会社陸前高田ほんまる(株)が運営する「ほんまるの家」のレンタルスペースと、一般社団法人トナリノが管理するコワーキングスペース「ヤドカリ」を借りて、子どもを見ていただくことにした。
これまでもほんまるの家では礼拝やインタビューのためにスペースを借りていたが、ヤドカリの方ではキッズスペースにたくさん絵本やおもちゃが揃っており(しかも平日9時~18時の利用は無料)、子どもたちにも大好評だった。授乳スペースもあるので、乳幼児連れの方にもおすすめである。保育士のDさんはヤドカリのキッズスペースをお借りする件も含め、Dさんが対応できない日時に代わりの方をご紹介してくださるなど、アレンジに尽力してくださった。Dさんがいなかったらとても困難なフィールドワークになっていたので、改めて感謝している。
これまでもほんまるの家では礼拝やインタビューのためにスペースを借りていたが、ヤドカリの方ではキッズスペースにたくさん絵本やおもちゃが揃っており(しかも平日9時~18時の利用は無料)、子どもたちにも大好評だった。授乳スペースもあるので、乳幼児連れの方にもおすすめである。保育士のDさんはヤドカリのキッズスペースをお借りする件も含め、Dさんが対応できない日時に代わりの方をご紹介してくださるなど、アレンジに尽力してくださった。Dさんがいなかったらとても困難なフィールドワークになっていたので、改めて感謝している。
ちなみに今回、陸前高田ほんまるの職員の方に、当社が作成している「まちなかMAP」を見ながらお話をうかがっていて気が付いたのだが、新しくできた高田の中心地には子どものおむつ替えができるトイレや子どももいっしょに入れる広いトイレがいくつか整備されている。私もこれまで子どもを連れていて、トイレに困ることはほとんどなかった。子連れには非常にありがたい。
今回のフィールドワークでは、2022年11月に市街地にオープンした博物館を訪問した。この博物館は震災前にあった「市立博物館」と「海と貝のミュージアム」の2つの施設を統合したもので、被災した資料が復元されて展示されている。いろいろな世代が楽しめるようになっている充実した博物館で、子どもが楽しく遊びながら学べるスぺースもあり(写真2)、地元の保育園2団体とも鉢合わせした。子どもたちがここで夢中で遊んでいる間に、ゆっくり展示を見ることができた。海沿いにある国立の伝承館よりも地元色が強く、もう少し時間を取ってまた来たいと思った。
こうしてDさんたちと高田の子育て環境に支えられ、無事にフィールドワーク最終日を迎えようとしていたところ、予想外のことが起きた。子どもをお風呂に入れていたときに眼鏡を拭こうとしたら、金具のところがポキッといってしまった。何年前に変えたかもわからない年季の入った眼鏡だったので仕方がない。しかし、ド近眼(+乱視)で眼鏡が欠かせないので、翌日、折れた金具をセロハンテープでつなぎ合わせ、市内で新しい眼鏡を買えるところを探した。しかし、観光案内所で聞いたところ、震災前は眼鏡屋さんがあったそうだが、今は隣の市の大船渡か気仙沼にしかないという。今回インタビューに応じていただいた方が、「モノの集積は圧倒的に大船渡」とおっしゃっていたことを実感した。
気仙沼は帰路でBRTから大船渡線に乗り換えるので、予定より早めに高田を出て、気仙沼で眼鏡をつくってもらうことにした(とはいえ、ぎりぎりまで高田にいたかったので、すぐに気仙沼には向かわなかった。今私が使っている眼鏡の視力が弱いのは、気仙沼の眼鏡屋さんで新幹線の時間に間に合うように超特急で作ってもらったからである)。10年くらい前に、バングラデシュでコンタクトレンズを割ったか無くしたかしたときも、急遽都市部の眼科に行った。視力を測ってもらったところ、こんなに目が悪い人用のコンタクトはないと言われ、結局眼鏡をかけて過ごしたと思う。災害時の備えと同様に、フィールドワークには予備の眼鏡が必携だと改めて思った。
気仙沼は帰路でBRTから大船渡線に乗り換えるので、予定より早めに高田を出て、気仙沼で眼鏡をつくってもらうことにした(とはいえ、ぎりぎりまで高田にいたかったので、すぐに気仙沼には向かわなかった。今私が使っている眼鏡の視力が弱いのは、気仙沼の眼鏡屋さんで新幹線の時間に間に合うように超特急で作ってもらったからである)。10年くらい前に、バングラデシュでコンタクトレンズを割ったか無くしたかしたときも、急遽都市部の眼科に行った。視力を測ってもらったところ、こんなに目が悪い人用のコンタクトはないと言われ、結局眼鏡をかけて過ごしたと思う。災害時の備えと同様に、フィールドワークには予備の眼鏡が必携だと改めて思った。
(つづく)
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3. FENICSからお知らせ
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2023.12.9 (土)@「うちなあの家」FENICS×ジェンダー・セクシュアリティ人類学研究会×志縁の苑
趣旨
『沖縄ともろさわようこ―女性解放の原点を求めて―』(不二出版、2023年8月)をきっかけに、女性史家もろさわようこと沖縄、「うちなあの家」と志縁、について学び、また実際にもろさわさんがつくった「うちなあの家」という場で、志縁のみなさんと人類学を背景をもつ者が語り合うことで沖縄について理解をふかめ、これからにむけての模索を始める。
1925年、長野・佐久に生まれた女性史研究家・思想家もろさわようこ(98)は、1982(昭和57)年に「無組織・無規則・無会費」の方針で長野県佐久市望月に「歴史を拓(ひら)くはじめの家」を開設。人権、平和、男女平等など、さまざまな問題を抱え取り組む県内外の人たちが、勉強会などを開き交流する場となってきた。94年にもろさわが、「全国の人々が(基地の)実態を学んで、平和を確立し、新しい歴史をつくる場にしてほしい」(琉球新聞1994年11月11日)として「歴史を拓くはじめの家うちなぁ」が沖縄県南城に開設された。
そこで今回は2023年の暮れに、昨年の長野につづき(一財)志縁の苑うちなあの共催にて、ジェンダー・セクシュアリティに関心のある人類学者らが、FENICSサロンとして沖縄における志縁の活動にせまる。
そこで今回は2023年の暮れに、昨年の長野につづき(一財)志縁の苑うちなあの共催にて、ジェンダー・セクシュアリティに関心のある人類学者らが、FENICSサロンとして沖縄における志縁の活動にせまる。
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4. FENICS会員の活躍
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(1)野口靖さん
Diverse and Universal Camera
野口靖・大海悠太
12/10まで、東京工芸大学 創立100周年記念展「写真から100年」が東京都写真美術館にて開催されており、体験型映像インスタレーション作品「Diverse and Universal Camera」を展示しています。
本作品は、エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(以下EC)の映像を、踊る・笑う・回るなど約50種類の行動様式に関連するキーワード(タグ)によって検索し、その結果をコラージュのようにループ再生する映像インスタレーションです。
2019年の「世田谷文化生活情報センター 生活工房」での展示の際は各動画のタグ付けを全て手動で行いましたが、今回は、人工知能(以下AI)による深層学習技術を作品に応用する試みを行っており、AIによる自動タグ付けと手動によるタグ付けを共存させたハイブリッド・システムを構築しました。
ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナ問題、各国の自国優先主義や移民問題など、現代は世界中に不寛容な空気が蔓延していますが、このような時代だからこそ、ECが記録してきた生物の行動様式が「多様」であることと同時に、「普遍」であることについて社会的な意義を再考する時期だと考えています。
(2)白石壮一郎さん
1)弘前大学資料館 第33回企画展 「ダイアローグ:松丘保養園と出会う」
https://shiryokan.hirosaki-u.ac.jp/exhibitions/2954
https://shiryokan.hirosaki-u.ac.jp/exhibitions/2954
2023年12月07日から2024年01月29日まで、弘前大学資料館特設コーナーにおいて上記の企画展を開催します。
この企画展は、青森市石江にある松丘保養園に関するものです。国立療養所はハンセン病回復者らの施設として現在全国に13箇所ありますが、松丘保養園はそのひとつで、およそ110年前につくられました。企画展示は、松丘保養園に暮らした作家の絵画・陶芸作品およびそれぞれ関わりのあるアーティストによる写真・スケッチ作品を展示し、社会-文化人類学、社会学の研究者および学芸員が作成したテキストによって構成されています。
2)弘前大学人文社会科学部地域未来創生センターフォーラム「市民協業時代における大学的フィールドワークの可能性」
https://human.hirosaki-u.ac.jp/irrc/?p=381
2023年12月16日(土)13:00-17:45、弘前大学人文社会科学部にて開催します。参加予約不要、参加無料です。
2023年12月16日(土)13:00-17:45、弘前大学人文社会科学部にて開催します。参加予約不要、参加無料です。
さまざまな立場の人々がともに学び、新しい実践をつくっていくことを求められている現代に、大学的な問題発見型フィールドワークを活かす方法を考えていきます。学外から、内藤直樹さん(徳島大学)、木村周平さん(筑波大学)らも参加します。
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
FENICSウェブサイト:http://www.fenics.jpn.org/