FENICS メルマガ Vol.127 2025/3/25 
 
 
1.今月のFENICS
 
 2月号は、初めてメルマガをお休みすることになり、二か月ぶりのメルマガです。東京は、3月に入ってから2回雪が降ったかと思えば急に暖かくなり、木々が芽吹き始め、桜も少しずつ咲き始めています。 
 3月は卒業、別れの時期でもあります。編集人の家庭では小学校の卒業と保育園の卒園がありました。来月からの新たなスタートに向かわねばならないのですが、なかなか進みません。みなさまはいかがでしょうか。
 
 先だってお知らせしましたように、3月2日から23日まで東京工芸大にて開催した展示「レジリエント・ライフ」や3月8日、そして3月22日に開催したトークイベントにおいでくださったみなさま、ありがとうございました。
建築学、メディア・アート、社会人類学の協働の調査、展示という表現の試みでした。トークイベントでも、美学や都市工学の立場からもコメントをいただきました。また継続していきたく思っています。本メルマガを購読の皆さまのなかでも、分野をこえての協働の試み、成果や計画がありましたら、FENICSとシェアをお願いします。
 
 それでは、本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 私のフィールドワーク   (山本貴仁)
3 子連れフィールドワーク(松井生子)
4 FENICSイベントリポート (椎野若菜)
5 FENICS会員の活躍
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2. 私のフィールドワーク
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「世界」を横断すること
           山本貴仁(東京外国語大学/ガーナ大学 学部生)
 
こんにちは!東京外国語大学からガーナ大学に留学中の山本貴仁です。
私は、東京を拠点とする特定非営利活動法人SDGs・プロミス・ジャパンのインターンとして昨年2月より活動しております。現在、主に大学の休暇期間を利用して、私たちが職業訓練校を建設・運営するガーナ中部の村に、長期滞在しております。日本政府の資金が投入されているこの建築関連の職業訓練校は、雇用が少ない農村部において、人々が専門的なスキルを身につけることで経済的な自立性を高めることを目的にしています。一方で、当地は、金の違法採掘が盛んなコミュニティの一つであり、学校運営上の問題も発生しています。現在、私はこの村にて、インターンの活動と自分自身の関心領域である土地に関するタブーについて研究を行っています。今回は、人類学を実践することと開発での実務がどう繋がるのかという点について、学生の立場から考えてみます。
  
昨年2月から東京本部で、クラウドファンディングの実施や広報活動などの任務を担っていたこともあり、この村と関わっていました。そして、昨年9月から現在まで、ガーナ大学の休みを利用して、通算2ヶ月ほど村で過ごしてきました。1年間この事業に携わり、東京、プロジェクト地の村、首都のアクラなどで、さまざまな立場の人々と関わってきました。その中で、見えてきたことは一つのプロジェクト遂行の中にも、さまざまな「世界」があることです。
  

写真1:農園でプランテンを収穫し、頭に乗せて町まで運ぶ

事業に直接的にも間接的にも関わる各登場人物が、それぞれの「世界」の間を重複したり、全くかけ離れたりとバラバラな距離感のもと存在しています。学校の「世界」の中には、先生や生徒、NGOのガーナ人現地駐在スタッフ、校舎の建設を担う作業員や建設会社などがいます。村人の「世界」の中にいるのは、農家、違法採掘者、商人、子供たちなどになるでしょう。村のエリートの「世界」にいるのは、地域の役人、政治家、王族といったところです。「首都」の世界の中には、教育省や政治家、大使館、JICA等の開発機関などです。東京の「世界」には、NGOがいて、日本の個人や法人などのドナー、外務省や国会議員などがいます。
  
さて、これらの「世界」の中を自由自在に横断できる立場に私はいます。というより、そのようなポジショニングをとることを心がけています。日々、村の中を歩き回り、人々と話し、仲を深めます。農園で農作業を手伝ったり、道ゆく違法採掘者のおばちゃんと一緒にガーナ料理を食べたりしながら、汗だく、泥だらけになる村での日常を共に過ごします。一方で、NGOの仕事として、パソコンに向かってプロジェクトの企画形成を行い、エアコンが効いたオフィスや高級レストランの中で、王室や関係機関との交渉なども行います。

写真2:オマンヘネ(地域の国王)と会談

 
それぞれの「世界」から見えている「風景」は全く異なるものです。「風景」の違いゆえに、大きな問題が時に起こっていることは、アフリカ地域研究に関わる方はよく理解されているかと思います。金の違法採掘が深刻な

写真3:学校の生徒たちと


状況にあることは、東京本部の職員は知りませんでした。もちろん、出張で来ることはありますが、それはあくまで、東京の「世界」の人間として訪問しているのであり、実情を掴むことまではできません。金の違法採掘の実態や現地の農業のポテンシャル、学校に求めることなど、村人の「世界」から得られる情報を、いかにして意思決定を行う「世界」に反映させていくのかというのが私の仕事です。そして、意思決定を行う「世界」が考えていることを村人の「世界」に持ち込み、反応を確かめ、改良していくという潤滑油のような存在になることを目指しています。
 
「世界」を横断できる人間、それが異文化に飛び込む人類学を学んでいることの最大の強みかもしれません。
今回はとても抽象的な話になってしまったので、次回はより具体的な村での生活をお話ししていきます。
 
(つづく)

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3. 子連れフィールドワーク
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子連れフィールドワーク@カンボジア (2)2022年 ~ 現地で新型コロナウィルスに感染する
 
  松井生子(文化人類学・東南アジア地域研究/日本女子大学 学術研究員/FENICS正会員)
 
2022年夏、子どもと共にカンボジアに行った私は、調査村へ移動する車中で体調不良となった。この時点で既に新型コロナウィルス感染を疑っていた。
  村では、いつも私のベトナム人の父母の家に滞在している。彼らと私は学問上「擬制的親子」といわれる関係だが、「擬制的」という言葉にはしっくりしないものを感じる。私にとって彼らは大切な近親者だ。父母は私の子どもに初めて会うのを心待ちにしていた。家に着くと日常使うものをキャリーバッグから出し、これからの居住の準備をした。私は具合が悪いので、時々横になってごろごろしていた。熱を測ると38度あった。

他の多くのフィールドと同様、調査村は医療体制が整っているとは言い難い。重病人はプノンペンもしくは村から20キロ先のベトナムへ運ばれていた。感染症流行のピーク時は国境が封鎖され、流行が落ち着いた後も厳格な国境管理が続いたが、病人や怪我人は国境通過が許されていた。私も重篤化の場合はベトナムに搬送してもらうつもりでいた。
 
自分の具合が悪くても子どもの世話をしなければならない。高床の家の下に設けてある水場で子どもが体を洗うのを手伝った。水を子どもの肩からかけると、冷たかったようで、ビクッとしていた。水道はなく、井戸の水をモーターで汲み上げ、桶にためて使う。自宅に井戸を掘る前は、井戸がある家からバケツで水を運んでいた。後日、子どもは自由研究でこう書いていた。
 
 「村は水道がない」(文:金子栞)

 カンボジアの村は水道がありません。
 井戸で水を出るようにして、太陽が出ているうちに入らなければなりません。
 水道のように温度ちょうせつもできないからです。夜になると、気温が下がって水が冷たくなるからです。
 水をかけるとギャーッと言ってしまいそうな位冷たくなります。なので、太陽が出ているうちに入るのです。
 日本はほとんどの家が水道がついていてシャワーも出ます。でもカンボジアだとおけですくって水を流したりと面倒です。
 
翌日、子どもが「喉が変な感じがする」と言い出し、その次の日に熱を出した。子どもが熱を出すのと入れ違いに私の熱が下がった。楽になったので母の孫のロイのバイクに乗せてもらい、市場町ネアク・ルアンの大乗仏教寺院へ行った。子どもは母が見てくれるという。この寺院の陰暦7月15日の儀礼でのベトナム人と多数派民族クメール人の交流を観察することが、今回の渡航の目的のひとつだった。クメール人は上座仏教を信仰しているが、中国系やベトナム系の人々を中心に大乗仏教寺院にも参詣者がある。熱がある間できなかった洗濯を済ませてから行ったので、着いたのは正午近く。既に人はまばらで、参与観察には程遠かった。
  
感染症の疑いがあるため、村ではこちらから人に会いに行くのを控えた。熱が下がっても咳が続き、ひどいしゃがれ声で、人と話すのも難儀であったため、実際、詳しい聞き取りをおこなうのは無理があった。まともに調査はできなかったが、それでも、久しぶりに村に行き、平穏な生活がまた戻ってきている様子を見ることができてよかった。
 
子どもは熱が下がると、日本から持ってきた漫画を読み、絵を描いて過ごした。一緒に小学校を見に行くと、病気で気弱になっていたのもあるが、そこにいた犬やヤギを見て怖くて泣いていた。放牧していたヤギたちが夕方、集落に大挙して帰ってくる様子を目撃した時も、怖くなって泣いていた。

フィールドの父母と

 
滞在中、食事は全部、母が用意してくれた。子どもは村でも現地の料理を食べようとせず、日本から持ってきた煎餅、近くの店で入手したスナック菓子、お湯で戻して炒めたインスタント麺を食べていた。家には孫が2人同居していて、2022年は孫娘のハンが14歳、その兄のロイは17歳だった。彼らの母親は離婚して実家に戻り、私たちが行った時はホーチミン市に働きに行っていた。慣れてくるとハンがふざけて子どもが描いている紙を奪い取ろうとしたり、スマートフォンの動画を見せたりしていた。仲良く一緒にスマートフォンを見ている姿がおもしろくて写真を撮った。


ふたりでスマートフォンを見入る

ある夜、お寺の方角からにぎやかな音楽が聞こえてきた。母によると、バイクが牛にぶつかって、乗っていた女性が死亡したのだという。その葬儀の音楽だった。寺院は700メートルほど離れているが、大音量で音楽を流すため、その音が家まで聞こえてくる。子どもは普段から「死」ということに対してとても敏感である。私には些細に思えるこの件をよく覚えていて、次にカンボジアに行った時に「夜、音楽がうるさかった」、「牛にぶつかって死んだ」と言っていた。

 
プノンペンに戻り、帰国前のPCR検査を受けると、やはり陽性であることがわかった。この時期の日本ではまだ、出国前 72 時間以内の検査で陰性になるまで入国が許されなかった。ひとまず1週間後の再検査までホテルで自己隔離となった。子どもは日本に帰れないと聞いて泣いていた。ホテルに電話をかけてきた保健省の職員は当初、英語でかしこまって話していたが、私がクメール語を話せることがわかると急にくだけた感じになり、「マスクすれば食べ物を買いに外出していいよ」と言っていた。おかげで、割と自由な自己隔離生活となった。街路に面したテーブルがある店で米麺を食べたり、子どものお気に入りとなったパン屋で買い物したり、食堂でテイクアウトをお願いしたりした。友人も食べものを差し入れしてくれた。子どもは車が多く騒がしいプノンペンよりも村のほうが好きだと言っていた。
 

いよいよ帰路につく

私は咳が止まらず、再検査でまた陽性となるのではないかと心配していたが、無事に陰性となり、いよいよ帰国できることになった。子どもは先に快復し、元気いっぱいだった。2週間の渡航予定が、結局22日間カンボジアにいたことになる。今回の記事のために2022年の写真を子どもと一緒に選んでいると、帰国する時の空港の写真を見て「日本に帰る時が一番嬉しそう」と言っていた。カンボジアでは病気にもなり、身構え、ストレスを感じることが多かったのだろう。4年生の子どもは、いま写真で見ると、とても幼い。カンボジアで、初めてのことを精一杯受け止めていたのだと思う。   
 (つづく)
 
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4. FENICSイベントリポート
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FENICS共催イベント ’Japan-Kenya students’ Linkage Akala Junior High School in Kenya and TOHO Girls’ in Japan(2025年3月5日開催)
  
           椎野若菜(社会-文化人類学、東アフリカ FENICS)
 
 2025年3月5日、東京・調布市にある桐朋女子中学校にて ‘Japan-Kenya students’ Linkage : Akala Junior High School in Kenya and TOHO Girls’ in Japan’を開催した。
 2023年12月にむさしの学園の5年生とナイロビの小学校をつなぐイベントを行なうことを知ったFENICS正会員で桐朋女子中・高等学校教諭の吉崎亜由美さんより、今度は中学生同士で、とご提案をいただいた。そこでむさしの学園とのイベントの企画者であった椎野若菜が、桐朋とのリンク先を考えていたところ、昨年2024年3月にフィールドであるケニア西部のルオ人の暮らす田舎町近くのアカラ小中学校(Akala junior high school)を訪ねた際、その可能性を考えた。というのも、ルオランドにあるアカラ小中学校は、教室には何もテクノロジーを感じさせるものはなかったものの、田舎ではあるもののインターネット環境がだいぶんよくなっていたこと、また教員のなかにナイロビ大卒の人がいることに驚いたからである。10年前にはありえなかったことだ。むさしの学園とのリンクイベントについて校長に説明し、やる気があるかどうか聞くと、まずは校長室に通され、次々と教員たちが集まってきた。先生方はそろってやりたい!とのこと。
  
むさしの学園とナイロビのウッドランズスクールとの交流で使用したパワーポイント(PPT)を見せたところ、この中学校でも互いの生徒が発表しあうPPTでのプレゼンテーションの用意もできるという。ただ、プロジェクターはほかの学校から借りてくる必要があるということだった。Zoomをつなぐ予行練習をした前日は、スマートフォンではすぐ繋がるものの、ノートパソコンとつなぐのに30分はかかってしまった。待っている間、アカラ中のクワッチ先生が男の子に「何か歌をうたって」というと、ルオ語でナイロビに行ってしまった男についての歌をうたってくれた。
  
中学生同士で、何を伝えたいか考えさせたい、という吉崎先生の提案で、桐朋側にかんして教員のほうは、何も手助けはしなかった。5つのクラスごとにそれぞれがPPTでクイズを交えた日本の紹介や、学校の生活が分るショートクリップを作成してきた。ケニア側は、ルオの文化について、おそらく教員がつくったものを、生徒が読んでいた。ルオのダンスを踊っているところについては、男女ともにヴィデオをとってくれていたが、zoomで、しかもネット環境がよくないと、残念ながら動きはわからなかった。
 

桐朋女子中学校と西ケニア・アカラ中学の教室がつながった!

 当日も、つながるのに想定以上に時間がかかってしまった。しかし、つながった際には、歓声が起こって互いの生徒たちが自然に手を振りあった。発表をしている間にも、どうやらカメラに近い生徒たちはジェスチャーでコミュニケーションをしていたようである。
  
桐朋の生徒たちは、自分たちの発表の番には友人たちと練習していたとおり、はりきってマイクの前にでて、一緒に質問の発言をした。ケニア側の生徒の声は、あまりクリアに聞こえず、またあちらも、こちらの声があまり聞こえないようで、先生がPPTのスライドを読み上げている声が聞こえた。テクニカルには問題も残ったが、ルオランドの片田舎と東京の中学校がつながって直接に話ができることに、教員も生徒も全員が興奮していた。実際のやりとりは、これからである。イベントが終わったあとも、継続したコミュニケーションをしたいと双方の先生たちから熱烈なメールをいただいた。
 
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5. FENICS会員の活躍
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FENICSの理事、丹羽朋子さんよりお知らせです。FENICSに関わられてきた方がたの企画です。
 
展示・ワークショップ
「PART OF THE ANIMAL 動物と人間のあいだ」
 
会期:
2025年01月21日(火)~2025年04月20日(日)
時間:
9:00~21:00 月曜休み(休日は除く) /入場無料
会場:
生活工房ギャラリー(3F)
 
太古の昔から人間は、動物をえがく/動物とえがく/動物でえがく、といった表現を続けてきました。本企画は、絵に描くだけはでない、詩や音楽や、演劇、踊りをも包括した〈動物をえがく〉ことについて、人類学・芸術学・生物学・比較文学の研究者たちが世界をフィールドにおこなった調査や、アーティストたちの思索をたどりながら「動物と人とのあいだ」の回路をひらく展覧会です。 
 
展示のほか、ワークショップが開催されます。ふるってお申込みください。
 
 
◆06 ワークショップ 動物とふれる、つくる、えがく【二日間通し参加】
人間中心ではなく、「人間以上のもの」を尊重するマルチスピーシーズの思想や、そこから動物と人間の関係性を再構築し、作品を創作する実践などについてお話しします。
 
日時:4月12日(土)13:30~16:00頃、4月13日(日)10:00~15:30頃
 
会場:ワークショップルームAB
 
講師:石倉敏明(人類学者)、永沢碧衣(アーティスト)、西澤真樹子(なにわホネホネ団 団長)、長谷川朋広(ゲームクリエイター)、盛口満(作家)、山口未花子(人類学者)
 
参加費:3,000円
 
定員:20名(申込抽選 小学3年生以下は保護者同伴)
 
申込方法:下の申込フォームからお申し込みください
 
申込締切:3月31日(月)
 
◆06 ワークショップ 動物とふれる、つくる、えがく【4月12日のみ参加】
日時:4月12日(土)13:30~17:00頃
 
会場:ワークショップルームAB
 
参加費:1,000円(保護者は無料)
 
定員:20名(申込抽選 小学3年生以下は保護者同伴)
 
申込方法:下の申込フォームからお申し込みください
 
申込締切:3月31日(月)
 
詳しくは、こちらでどうぞ。
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
 
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
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