FENICS メルマガ Vol.78 2021/1/25 

1.今月のFENICS
 
 2021年、初めてのメルマガです。コロナ禍、多くのしわ寄せがあらゆるところに行き渡っておりますが、私たちのもつ「つながり」を生かして、多様な手段でフィールドとの関係も保ちつつ、フィールドワーカーでいたいと思います。
本年も、なにとぞよろしくお願いいたします。
 今月中旬に開催された大学共通テストでは、受ける側も、監督する側も、見守り側も、大変緊張した時間を過ごされたことと思います。本メルマガ担当者ふたりとも、防備体制でのぞみましたが、マスク着用、ゴーグル、フェイスシールド、手袋、とまる一日装着しただけでかなりの疲労感でした。医療従事者の方々の毎日の苦労を、恥ずかしながらほんの少し、体験した気分です。
 このコロナ禍、やむなく海外渡航をする方はいらっしゃるでしょうか。現在、どこの国もPCR検査の結果を独自のフォーマットで示すことを入国条件としています。つまり、日本からでて、帰国するまでに、最低2回は検査をしなければなりません。現在、東京では、陽性のうたがいがあって医者にかかり、そこから医者が医師会へFAXを送り申し込まないかぎり、PCR検査には保険は適応されず、それ以外は100%自己負担です。一回2万円~4万程かかります。あらためて、コロナ感染が始まってから一年以上たついま、この国では医療の現場をはじめ、何の対策がどう改善されているのかと疑念だけが大きく膨らみます。
 
 フィールドに行けないからこそ、やっておきたいこと。
 そのひとつが、フィールドワークにともなうセクハラ・性被害にかんする活動でもあります。第二弾は29日の夜。女性限定となり恐縮ですがご関心あればご参加ください。産婦人科医の先生と対話できるいい機会です。 
 もうひとつ。ぜひとも、いまのうちに子連れフィールドワークの計画もお立てください。今号と来号は子連れペルー調査のつづき、「妻側からの視点」です。お楽しみください。
 
それでは本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 子連れフィールドワーク 連載5(澤藤りかい)
3 私のフィールドワーク (椎野若菜) 
4 FENICSからのお知らせ 
5 FENICSイベント 
6 会員の活躍 
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2.子連れフィールドワーク(連載5)
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ペルー子連れフィールドワーク (5) 妻側からの視点ー出張準備と現地までの移動ー
 
澤藤りかい(日本学術振興会特別研究員/総合研究大学院大学)
 
前回までは夫側からの記録であったが、今回は妻側から見たペルー出張の記録を書いてみる。
ペルーへの出張は子供が1歳4ヶ月の時だった。Wさんのペルーのフィールドに共同研究者として参画することになった。私の専門は古人骨などの遺物のDNA分析だが、結果を解釈する上で、実際にフィールドに赴いて遺跡や現場を見、また実際に様々な資料を観察することは重要である。現地に行きますか、とWさんから聞かれ、子連れでも良いですか、とうかがってみたのがこの出張の始まりだった。  

もちろん、出張は大人だけで行くのが楽だし仕事も沢山できる。わざわざ子連れ出張する意味はあるのか、という意見も聞いたことがある。しかし子供を置いていくなら、誰が面倒を見るのだろう?誰かが面倒を見てくれる時もあるが、様々な理由で親や配偶者の助けが得られなかったりと、家庭にはそれぞれの、その時々の状況がある。特に授乳中の母親は、授乳を急にやめると胸が張ったり乳腺炎になったりするため、子供から長期間離れるのは難しい。また、ミルクや搾乳などで対応することで、子供を置いて出張することも不可能ではないが、子供側がおっぱいなしの生活を受け入れられない場合もある。大変になると分かっていても、子連れで出張に行くか、あるいは出張に行かないかの選択を迫られることがあるのだ。私達は夫婦で研究者のため、様々な事情を考慮して、今回は子供を連れて、家族でペルーの出張に行くことにした。  

ペルーへの出張が決まってから、練習も兼ねて台湾、ベトナムへと旅行した。子供は生後5ヶ月でパスポートを取得した。台湾は当時住んでいた沖縄から1時間と、沖縄ー東京間より近く、気候や文化も日本に近いので、旅行の大変さは国内旅行とほとんど変わらなかった。ただ子供から感染った風邪のため夫の体調が悪くなってしまい、ほとんど部屋と周辺で過ごした1日もあった。近場の台湾ですら、体調が悪ければ大変な旅になってしまう。当たり前だが出張や旅行は親と子の体調によって大きく左右される。対策としては日頃から睡眠を良く取るなど、できる範囲で備えるしかない。台湾と比べてペルーは遠く時差も大きく、苦労するだろうなということが予感された。  

ベトナムでは現地に住む友人が同行し、旅程を考えたり通訳をしたりしてくれたほか、一緒に同行してくれた運転手も赤ちゃんの扱いに慣れており、比較的快適な旅だった。この旅行の際は子供があまり現地の食事を食べない時もあり、レトルトの離乳食は必ず沢山持っていくべし、ということがよく分かった。また、ペルー出張の際もそうだったが、出張・旅行の際には現地に詳しい人が同行してくれると本当に助かる。何かと不安要素の多い子連れ出張の難易度がぐっと下がる。特に私達は現地の公用語(ベトナム語)が話せなかったので、友人を頼りにしきりだった。  

宿泊施設の前でほうきとちりとりを持って遊ぶ子供

2つの海外旅行を終え、本番の目的地ペルーへの最初の難関は飛行機だった。日本からペルーへの直行便はないので、ロサンゼルスで乗り換えで、滞空時間は10時間+9時間というほぼ1日がかりのフライトになる。機内でアニメや映画などを見せても、私たちの子供は (まだ年齢が若かったこともあってか) 集中力がそれほど続かず、ずっと見続けてはくれなかった。飽きてぐずっては、抱っこされたり歩いたりして機内を行っては戻ってきたり、お菓子を少しずつあげて間をもたせたり、授乳して大人しくさせたり、あの手この手で機嫌を取った。どうやって時間を過ごしたのか詳しくは思い出せないけど、まさに「時間を潰す」という感じで、あと何時間あるのか…早く到着してくれ…!と思いながら過ごしていた。 

同行者のNさんが差し入れてくれた、子供向けの雑誌には本当に救われた。私達もこういう雑誌を何冊か買い込んでおけば良かった…と後悔した。子供の年齢にもよるが、子供向けアプリをいくつかインストールしたiPad、新しい雑誌数冊、おもちゃ、食べるのに時間のかかるお菓子(ひとつずつつまんで食べるぼうろ、サッポロポテト、ベビーラーメンなど)は持って行った方が良いなと感じた。機内では騒音が大きいので、子供の声やおもちゃで遊ぶ音があまり響かなかったのは良かった。また、私たちの子供はおっぱいが大好きで、授乳すればともかく泣き止むし眠ってくれるので、そういう意味では助かった(が、なんでも授乳で解決するのが果たして良いのかは分からない)。  

バシネット(赤ちゃん用の吊り下げベッド)がある席を予約したので、寝てからは使うこともできたが、機内の揺れのためシートベルトマークが点灯し、寝ている途中でバシネットが使えなくなったり、寝返りがうまく打てなくて子供が起きてしまったりと、不便な部分もあった。結局は子供が眠っている間も抱っこしながら過ごす時間が多かったように思う。  

首都リマに着いてからは現地に慣れたWさんが案内してくれ、時差ボケがありながらも比較的ゆったりと過ごすことができた。リマからは次の日また1時間程度飛行機に乗ってカハマルカに移動し、そこから車で半日移動してクントゥルワシに着いた。同じ車に乗っていたのは私と夫とKさん(女性)だったので、車中での授乳もしやすかった。クントゥルワシでは博物館の目の前の宿泊施設に泊まり、ようやく長旅が終わった。
 
(つづく)
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3.私のフィールドワーク
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 お世話になった「フィールド」へどう還元するか:ケニア・小学校での水タンク設置の場合(1)
 
 椎野若菜(社会人類学・東京外国語大学AA研/FENICS)
 
昨年末から今年にかけて、初めて「コロナ禍、水のない西ケニア・ンディワ小学校の児童のために水タンク設置をめざします。」と題しクラウド・ファンディングを行った。先週、無事に目標を達成することができた。みなさまに、心からお礼申し上げたい。おひとりおひとりが、私のフィールドの小学校のことを思い、寄付という行為をしてくださったこと、その過程を考えただけでも私はとても嬉しく、感じ入った。  

FENICSの設立の趣意は、いくつもの目的があったが、「フィールドへの還元」もその目的のひとつである。博士論文を書くほどのフィールドワークをさせてもらったなら、誰もがいつ、どう「還元」できるか?と少なからず考えているだろう。とりわけ社会-文化人類学のフィールドワークは住み込みで長期に行うものであり、若いころであればたいていはどこかの家族の一員にしてもらい、そこで滞在時には食費を払ったり、また家族・親族、親しい友人ネットワーク内に入ることで、生活にちょっと困ったら「頼られる」存在になるだろう。私もフィールドワークを始めた90年代半ば以降、日本に帰るといつどこで会ったか覚えていない人から、FAXで何やら送金のお願いが届いたこともある。携帯電話が普及し始めてからは、日本の電話にまで「ワン切り」してくる人もいた。「かけなおしてきて」ということだ。またケニアにはM-Pesaという携帯電話をつうじて送金するシステムが2000年代にはできて、それがいつ日本にもつながってしまうのか、とはらはらもしたものだ。  

こうしたネットワークとは別に、どうフィールドへ還元するのか――、それはさまざまな形があってよいのだが、みえやすいモノを設置する試み、というのは私にとって初めての経験だった。FENICSシリーズ7巻『社会問題と出会う』にも書いたように、私はHIV/AIDsが大変流行した時期にケニアのフィールドに入った。詳細はぜひ7巻を読んでいただきたいのだが、当時私は、性にまつわる伝統的な社会制度ともいえる、夫を亡くした女性が代理の夫をもつ「レヴィレート」について調査をしていた。そして学会発表した際に、医者である学会員に、人類学者が傍観している間にエイズで人は死んでいるのだ!と言われ、足がすくんだのであった。

西ケニアの田舎町Ndhiwaの学校から34km離れた町、Homa Bayの金物屋を訪れたリネット



ジェンダー/セクシュアリティに関する信念、文化的規範、そしてそれらが複雑にからみあい維持される社会で、私が訪れる前から、NGOがこぞって普及活動のためやってきたファミリープランニングも、コンドームも、浸透してこなかった地域であった。FGM(女性性器切除)の議論でも同じことがいえるだろうが、社会構造のなかに組み込まれた伝統的な信念にもとづいた制度や慣習は、その社会のなかから、人々自身が少しずつ変革していかねばならない。外からの論理を掲げた外からの力だけでは、逆効果の場合も多いのである。当該社会の内発的な動きをじりじりと効果的に引き出し、サポートすることを期待されているのが、きっと、現地を「知る」人類学者なのであろう。しかし、それは人々のプライベートな領域であったり、文化の琴線にかかわることであったり、複雑なポリティクスがある場合など、トピックによっては大変難しいことである。    

 多くの子どもたちが集まる学校生活において、水が必要であるのは明らかである。本来ならば、生徒の手洗い、飲み水の確保は行政がやるべきこと、であるのは言うまでもない。しかしいま、ここへコロナがもちこまれては、自助努力せよ、というレベルではない、大変なことがおきてしまいそうだ。だが、心ある人が何人か協力し水タンクを設置すれば、少なくとも大きな危機を防げるのではないか。タンクでなく掘削するほうが半永久的でいいに決まっているのだが、このコロナ禍に日本においても100万円を短期間に集めるのは難しかろう、と思い、水タンクの設置を決意したのである。
 
(つづく)
 
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4.FENICSイベント
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FENICS共催サロン 2021.1.29 (金)20:00~「女性・若手研究者がフィールドで直面するハラスメント」
第2回「フィールドで、性被害に遭ってしまったら」(「女性」限定zoom)
 
今回は女性限定で、明日の夕方が申し込み締め切りになっております。
 
「女性のカラダとココロ〜性の自己決定権〜」
 
吉野一枝先生(産婦人科医・よしの女性診療所)
 
質問タイム
 
開催日: 2021 年1月29日(金)20時~21時(延長21時30分まで)
 
開催方法:Zoomオンラインミーティング
 
申し込み:
 
参加申込締切: 1月28日(木)17時
 
前回のサロンでは、留学先やフィールドで、女性が現地の人から、あるいは駐在の日本人から受けた被害について実際に話を聞かせていただきました。今回は、本来はあってはならない、しかし残念ながら生じてしまう性被害について、「もし、性被害に遭ってしまったら」という場合の知識を得るために「女性」限定のクローズドで開催します。
 
 アメリカ人類学会では1987年と2014年にフィールドワーク中の危険に関するアンケートが行われましたが、そこでは女性調査者が現地の人よりも、教員等から性被害やセクシュアルハラスメントを受けている事実が明らかになっています(「8.人類学会の安全教授と大学ガイドラインの間で(飯嶋秀治)」『フィールドワーカーの安全対策』2019年、古今書院)。フィールドで生じる性被害は、根本的には構造的なジェンダーバイアスの問題にかかわりますが、まずは女性各々が自分の身をどう守かを考え、知識をもっていなければならないのが現実です。
 
今回は吉野一枝先生に、産婦人科医の立場から、まず身体とホルモンの医学、性暴力被害のケースとその背景、緊急避妊薬を巡る最近の話題をおはなしいただきます。
 
学生団体SAYNO!と、「女性・若手研究者とフィールドにおけるハラスメントに関する共同研究」との共催です。
要旨等、詳細はこちらから
 
 
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5.FENICSからのお知らせ
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さきの記事でも報告しましたように、「初クラウド・ファンディング 『コロナ禍、水のない西ケニア・ンディワ小学校の児童のために水タンク設置をめざします。』」は26名の方からご寄付をたまわり、目標を5000円こえ、合計155000円となりました。
心からお礼申し上げます。また少しずつ、現地からの報告をリネットとともにしたいと思います。
 
みなさま方も、ひとりではしがたい、でもそろそろフィールドへ還元したいという方々、ご相談ください。FENICSがお手伝いできればと思います。
 
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6.会員の活躍
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西原 智昭さん(地球環境保全/星槎大学/『マスメディアとフィールドワーカー』6巻執筆者)
30年のコンゴ盆地での経験から『コンゴの森の冒険者ハンク』連載なさっています。100回を超えた模様、こどもにもアクセスしやすい、すてきなHPです。
 
「感動図書館 愛とユーモアの物語を、心の本箱にポストする」というコンセプト。フィールドに行けないいま、の表現のひとつかもしれません。
 
 
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以上です。お楽しみいただけましたか?本号は事情があり、遅れた発信となりましたこと、お詫び申し上げます。
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
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