FENICS メルマガ Vol.108 2023/7/25 
 
 
1.今月のFENICS
お待たせいたしました!7月号です。なんという酷暑でしょうか。フィールドに行く前に、体調を崩してしまいそうです。みなさま、くれぐれもお気をつけて・・・
編集者は今晩、フィールドに発ちます。みなさまもそれぞれの夏をお過ごしください。フィールドでのエピソードをお待ちしています。
夏のあと、秋口からのFENICSイベントがいま企画、準備されています。来月号にはお知らせいたします。お楽しみに。

それでは、本号の目次です。

 
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1 今月のFENICS
2 子連れフィールドワーク(4)(杉江あい)
3 子連れフィールドワーク(5)(椎野若菜・椎野ジェイソン)
4 FENICSからのお知らせ
5 FENICS会員の活躍
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2. 子連れフィールドワーク(連載)(杉江あい)
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子連れフィールドワーク@陸前高田
 
    杉江あい(FENICS理事 人文地理学/京都大学文学研究科)
 
 フィールドワークのために岩手県陸前高田(以下、高田)に行ったのは、2018年からこれまで全部で7回。前回は,2019年5月の3回目のフィールドワークまでをお届けした。今回は、高田の市街地が大きく変貌を遂げた後の4回目のフィールドワーク(前半)をお届けする。
 
フィールドワークに行けないコロナ禍の状況にも慣れてきた中で、東日本大震災から10年目の3.11を迎えた。この日が近づくにつれてメディアでは「被災地は今」のような報道が目立ち、私もできるだけそれらに目を通していたが、SNSでは遺族の方が「節目などない」と取材を断っているのを見て、何とも言えない気持ちになった。
  
それからもなかなかフィールドにいけず、デジタル・フィールドワークとオンライン・インタビューだけの日々が続いた。その中で、2021年11月上旬、科研メンバーの1人から、「陸前高田フォーラム2021「生存」の歴史をつなぐ―震災から10年、記憶の町と新たな町の交差から」開催のお知らせを受け取った。このフォーラムは『語る歴史、聞く歴史―オーラル・ヒストリーの現場から』といった著書や、「生存の歴史学」で知られる大門正克先生とその共同研究者たちが主催するものだった。

写真1 BRT停留所のきっぷ売り場は、震災前のJRの駅と同じ緑色の屋根の建物になっている(中央)。その右の観光案内所が入っている「陸前高田アムウェイハウスまちの縁側」は、著名な建築家である隈研吾氏によって設計された。


12月4~5日に対面とオンラインのハイブリッド形式で開催されるとのことだったが、科研(科学研究費助成事業)代表の先生は現地参加することを決定。さらに次の日に市役所での聞き取りも行う予定とのこと。私は4日に別の共同研究の学会セッション発表が入ってしまっていたが、この機会を逃すとまたなかなか高田に行けない日々が続くだろうと思い、可能か否かは別にして、行きたいという意向を代表の先生に伝えた。幸い4日の学会はオンライン開催だったので、3日のうちに高田に移動し、6日まで3泊4日、滞在することにした。
 

写真2 新しい店が並ぶ市街地

コロナ禍以降、はじめてのフィールドワーク。高田では相変わらず陽性判定者がほとんどいなかったので、私だけでなく夫も子どもたちも出発前にPCR検査を受け、陰性判定を受けてから高田に向かった。今回は時期的に道路の凍結が心配だったので夫は運転せず、一ノ関からバスで高田に向かった。出発前までいろいろな業務がかさんでおり、学会の準備もあったので結局また徹夜になってしまった。2回目のフィールドワークの失敗に懲りず、移動中に寝るつもりだったが、いよいよフィールド・デビューする下の子(このとき2歳半)がハイテンションで「どんぐりころころ」のフレーズをリピートし(他のところは歌えない)、まったく寝てくれなかった。
 

表:オープンしているのは一本松茶屋とまちなかテラス、アバッセたかた(ショッピングセンター)くらいだった2019年5月フィールドワーク以降の高田の変化(東海新報記事をもとに作成)


バスから降りると、高田町の市街地には新しく建てられたピカピカの公共施設(写真1)や民間のエンターテイメント施設、新しくできたお店などが並んでいた。たまった疲労が吹き飛ぶようだった。3回目のフィールドワークではまだ工事中だった道の駅もオープンし、一本松への道もきちんと整備されていた。高田にいろんな施設が建てられてオープンしていったことは、地元紙「東海新報」のデジタル版で見ていたが(表参照)、実際に大きく変わった市街地を目の当たりにすると、浦島太郎のような気分になった(写真2)。このときにレンタカーを借りたのも、高田に新しくできたレンタカー会社だった。ここで貸し出されているのは電気自動車のみで、夫は初めて運転する電気自動車に苦戦していたようだが、「高田たびパス」というキャンペーンで料金を半額にしていただいた。こんなに値引きして大丈夫かと、こちらが不安になった。後から聞くと、私たちが高田に来られなかった期間には一か月ごとに新しい店舗や施設ができていった、変化の激しいときだったようだ。
次回は4回目フィールドワーク後半の様子をお届けする。
 
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3. 子連れフィールドワーク(連載⑤)(椎野若菜)
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小学4年、10歳とケニア調査へ行く
 
 椎野若菜(社会人類学/東京外国語大学AA研)・椎野ジェイソン(10歳)
 
ケニアの町と田舎で暮らした日 (椎野ジェイソン)
  
ぼくは、四年生最後の月、アフリカのケニアという国に、お母さんと行きました。期間は、3月1日から24日でした。
最初に行ったのは、首都ナイロビです。ぼくが、コロナ前最後に来たのは、1年になる直前の2019年でした。その頃と比べて、とても風景が変わっていました。というのも、ビルや高速道路、新しい電車、高いタワーなどが立ち並んでいたのです。
 ナイロビでは、貸切のマンションで暮らしました。そこから、学校に一週間行きました。
 その学校は、ウッドランズといい、プールもあり、多くのものが木でできていました。とても楽しかったです。
学校が終わった翌日、西のほうへ旅立ちました。途中、ケリチョという町に寄りました。延々と続いている茶畑がありました。その茶畑は、イギリスの人たちによって作らされて、風景が変わったと分かりました。そして、ンディワという田舎町に着きました。

Photo1: 田舎町でサトウキビを積んだトラクターを撮影するJ

Photo2: 2020年にコロナ禍にFENICSでクラウドファンディングをし、水がなかった小学校に設置された水タンクと共に。タンクには’NPO FENICS and Friends’の文字が書かれている。

そこは、ナイロビでの暮らしとは全くちがいました。それは、冷蔵庫がないことと、水をくみに行かなくてはならないことです。ぼくたちは、バケツ一杯で水浴びをしました。
気象は、一晩中雨がふったり、太陽がきつく、頭がくらくらするようなときもあったりしました。
雨が降ると、皆水を集めていました。その雨水のおかげで、すぐに水汲みに行かなくてもすんだのでおどろきました。ちょうどぼくたちがケニアに行っていた時期は、乾季から雨季に変わるころで、人々がよろこんでいました。田舎町では、停電になったり、限られた水で過ごしたりしました。ちょっと不便だけれども、ドキドキして面白かったです。
その後、ナイロビに帰りました。そして、さようならを言いに学校に行き、バイオリンも弾きました。ぼくのためにケーキを準備してパーティをしてくれて、最後に友達と先生とサッカーをして帰りました。
 
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ケニアからJと帰国して(椎野若菜)
 
帰国して数日後、Jは春休みに入っている学校に行き、担任の先生のもとで欠席して受けられなかったテストを9回分、かためて一日で挑むことになった。テストを受けなければと成績を付けられないと言われたので交渉したところ、こうした対応をとってくださった。
夕方に先生が電話をかけていらして、J君がいつもとは別人のようにずーっとケニアでの経験を話してくれました、私もとても楽しく嬉しく聞きました、と。いい時期に、いい経験をしたのだと思います、溢れんばかりの経験だったのでしょうね、あんなJ君は初めて見ました、と1年生の頃からずっと担任をしてくださった先生がおっしゃった。
 
親としては何よりも、予防薬も真面目に飲み、親子ともにルオランドで熱帯熱マラリアにかからず過ごせたのはよかったと思っている。Jの希望で私が計画しなかった場所に寄り道したり、さまざまな質問されたりすることで、私にとっても新たな発見や予期しない情報を得ることができた。自分自身の調査と、Jに関わる世話、それにまつわる人間関係、さらには追いかけてくる日本からのオンライン仕事・・の両立で私の頭はまさにパンパンにはち切れそうではあった。
  
帰国して家に着いた際、二男のLは洗面所でこっそり私の膝に乗り、ハグしながら「ちょっと、ママがいないのが長かったよ。Lも一緒にケニアに行きたかったよ」と言ってきた。父と兄の前では強がりながらも、しばらくは家の中で私の姿が見えないと、私を探してすぐ泣いてしまう様子が続いた。4歳なりに、かなり気を張っていた模様。少しずつ、父との生活、祖母と過ごした折の出来事を話し出した。  
 フィールドワークをする親とその子。ケニアでもさまざまな方にお世話になった。現場(フィールド)で、そして留守宅で、それぞれの年齢なりの経験と対応を積んでくれて、またそれを支えてくれた家族に、みなが無事に過ごせたことに、感謝している。
 
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4. FENICSからのお知らせ
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いつもFENICSと協力関係にあるECの企画展が開催されています。
 
20世紀の映像百科事典をひらく
映像のフィールドワーク展 vol.2
ひもをうむ、あむ、くむ、むすぶ
みる、やってみる、問いつづける
わたしの今ここから
グラフィックデザイン:吉田勝信(吉勝制作所)
 
会期:2023年07月25日(火)~2023年10月22日(日)
時間:9:00~21:00 祝日をのぞく月曜休み
 
会場:生活工房ギャラリー(3F)
 
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5. FENICS会員の活躍
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2月にはFENICSサロンで企画・ご登壇いただいた吉國元さんより、下記のグループ展のお知らせです。
ふるってご参加ください。
 
2021年に開催したグループ展「Ordinary than Paradise」でお世話になったアキバタマビ21にお声がけいただき、同ギャラリーの移転プレイベント「これまでとこれから 5」に参加させていただきます。なんと、初めてお会いする彫刻家の平山匠さん、美学者で東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の伊藤亜紗さんと「制作における他者への眼差し」というテーマでお話をすることになりました。有意義かつスリリングなイベントになりそうで、僕も今から楽しみです。8月5日(土)17:00より開催、参加希望の方はぜひ会場にいらしてください。どうぞ宜しくお願いします。
 
※以下ウエブサイトより転載
●トークイベント 「制作における他者への眼差し」
作品は自らの手で生み出すものですが、自分でない人、もの、出来事、身体的な制限など、自分のコントロール外にあるいわゆる「他者」と全く関わることなく制作することはできません。
そこで今回は、制作において、実体のある「他者」と自覚的に関わりをもつアーティストをお呼びし、「他者への眼差し」をキーワードとして、アーティストが他者と関わることをどう捉え、どのようにして他者の視点から自身の視点へと向き直っているのか、そして、そのとき他者性はどう尊重されているのかについて伺います。
登壇アーティストには、彫刻家として独自の制作をする一方で、画家として制作活動を行う兄との会話や作品から着想を得て、物語性のある作品を作る平山匠さん、「他者との邂逅」をテーマに、自身が生まれたジンバブウェで出会った人々を描く吉國元さんを、ファシリテーターには美学者で東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の伊藤亜紗さんをお迎えします。
 
日時:2023年8月5日(土)17:00〜18:30
登壇アーティスト:平山匠、吉國元
ファシリテーター:伊藤亜紗
会場:多摩美術大学 TUB(東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー5F 東京ミッドタウン・デザインハブ内)
アクセス:都営地下鉄大江戸線・「六本木駅」8番出口直結、東京メトロ日比谷線「六本木駅」地下通路直結、東京メトロ千代田線「乃木坂駅」3番出口より徒歩約8分   
 
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
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