FENICS メルマガ Vol.56 2019/3/25
 
1.今月のFENICS
春がやってきました。桜が咲き始めました。フィールドから帰ってこられた方も多いかと思います。私も帰ってきました。
近年は卒業式の時期に桜が咲くようになってきました。しめくくりと、そして新たな始まりの時期。みなさまはそれぞれ、どのような春をお迎えでしょうか。新年度をまえに、あらたなフィールドワークのことも考えたいものです。
FENICSでは、協力イベントとしてただいま世田谷で「映像のフィールドワーク展」を開催中です。新たなプロジェクトのヒントもきっと、たくさんあるはず。ぜひいらしてください。http://www.setagaya-ldc.net/program/441/ 

それでは本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 子連れフィールドワーク(連載)(椎野若菜)
3 フィールドワーカーのライフイベント(連載4)(蔦谷匠)
4 FENICSイベント ECフィルム(3月)
5 会員の活躍(増野亜子)
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2.子連れフィールドワーク
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二人子連れフィールドワーク(ナイロビ編2)
 
椎野若菜(社会人類学・東京外国語大学AA研)
 

林のなかのスクール


毎日の日課は、朝7時半にタクシーで長男のJを現地の林の中にある学校に送っていき、その後インタビュー調査に行き、夕方にスクールバスで友人宅に帰っているJを迎えにいくことになった。これも日本にいるときから、Jのために学振の副センター長の稲角さんをはじめナイロビで子育てをしているママたちがスクールバスの経路を考えてくれ、大変お世話になった。調査者は数週間しか滞在できないことが多く、しかしそれでも、子どもには子どもの毎日がある。親に付いて現地にくることになった子どもは、滞在期間どう過ごすか――大事なことである。そしてナイロビにいる皆さんがそれを深く受け止め、私が調査できるように考えようとしてくださったことが、非常に嬉しかった。子どものことに関してはとくに、日本にいるときは情報のとりようがないので、現地で子育てをしている人に聞くに限る。また子持ちの方々は日本にいるときの感覚よりも、みな協力しあう持ちつ持たれつ、の関係を築いているようにみえる。

校舎のなかも明るく工夫がある


また子連れゆえ様々なタクシードライバーにたびたびお世話になることになったが、二男の咳の仕方を聞いて、これはよくないからすぐに病院に行ったほうがいいとか、学校であったことを聞く私とJの会話を聞いて、Jに対して親の言うことはちゃんともっと聞くもんだ、と車を出る間際に言う人もいて、日本で暮らしているときよりも自然に、自分の子どもであろうがなかろうが、子育てが人間としての重要な事柄であると社会が受け止めていることをしばしば感じさせられた。

Jはナイロビのカレンにある学校に二週間通い、毎日充実した様子だった。これまで彼が5歳になるまで毎回、何か調子を崩したり新しい環境にすぐに入れるか不安もあった彼は、6歳になった今、まだ食す物への柔軟性に欠けるもののスクールにはすぐに馴染んで楽しそうに行ってくれた。日本では年長だがケニアでは1月から学期始まりなので1年生クラスで、スワヒリ語も少し習った。

8か月の二男のほうは、初め面倒をみてもらおうと思った若い女性にはまったくなつかなかった。泣いて泣いて泣き疲れて声がかすれ、むしろ体調をくずしてしまった。ひと月以上の滞在だったら人を変えて探したが、あきらめて母に二男を2-3時間みてもらっている間に調査をすることにした。母も高齢にもかかわらず精一杯、協力してくれた。
 だがナイロビ滞在の二週間が終わろうとする、ウガンダ移動日の前日、事件がおきた。
(つづく)
 
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3.フィールドワーカーのライフイベント(連載4)
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おっぱい研究者の子育て 学習の成果編
 
蔦谷 匠(人類学・海洋研究開発機構)
 

バランスボールでゆさゆさしながら寝かしつけたとき。赤ちゃんを抱っこするとき、ただ座っているだけではなく、歩いたりして揺れを加えると、赤ちゃんがリラックスして眠りやすくなる。(哺乳類に見られるこうした反応は、輸送反応と呼ばれています)

これまでヒトの子育てについて学んできて、今回、役立ったことがいくつかあった。

まず、ほかの霊長類と同じく、ヒトは本能だけで子育てができるわけでもなく、子育てに関するさまざまなことを学習しなければならない。授乳のときの姿勢、抱っこの仕方、おむつの替え方、赤ちゃんの欲求を読みとる術、そんなささいなことも、いちいち学ばなければできない。子育ての実践的なタスクに関しては夫婦ふたりとも初心者だったけれど、「学習しなければ子育てはできない」ということは知っていたので、入院中は、プライドも何もなく、そろって助産師さんにどんどん質問をして、子育ての仕方についていろいろ教えてもらった。どの助産師さんも親切丁寧に対応してくださり、とても楽しく心温まる入院期間となった。こうしてとにかく学びまくったおかげか、1週間後の退院時には、妻も私も子育てに関するほぼすべてのことを自信をもってできるようになっていた。(ただしこのことが後ほど別な問題につながるのですが、それはまた次回に……)

霊長類のなかでもとにかくもっとも手がかかるヒトの赤ちゃんは、育児放棄を防ぐため、見た目の可愛さでもって必死に大人たちのハートをつかむ戦略を進化の過程で獲得したと言われている。生まれてきた子供を眺めて、「うむ、たしかに可愛い」と思う。もちろん私は、この可愛さが育児放棄を防ぐ進化的な戦略であることを理解している。ある程度の距離をとってこの可愛さと向き合わなければ、親子のあいだの関係がべったりになってしまって、却って良くないのではないか。……でも可愛い。しかたがないので、私は進化的な戦略に乗せられることにした。顔の筋肉をかつてないほど緩ませて、赤ちゃんに向かってうみゃうみゃ話しかけていると、その様子を見ていた妻から、親バカ呼ばわりをされてしまうのだった。でも、私だって、赤ちゃんに話しかけるときの妻のこんな歓声を、これまで聞いたことはないのだぞ……。

しかし、子供は可愛いばかりでもない。寝かしつけの大変さがピークに達していた生後1?2ヶ月のとき、子供を保育園で預かってくれるってなんてありがたいんだろう、さっさと預けたいよね……と、妻と話し合っていた。ヒトは進化の過程の大部分を共同保育者として過ごしてきたので、保育園などのシステムは理にかなっているとも言える。むしろ親子 (母子) が閉じられた関係のなかでずっと新生児と向き合っていると、虐待や子殺しにつながってしまうような進化的基盤がヒトには備わっているという説を提唱する研究者もいる。実際、赤ちゃんがこちらの期待通りになってくれないときなど、意図せず虐待につながる危険をリアルに感じ、自分自身に恐ろしさをおぼえた。こんなにストレスを感じるのは、一概に私の性格が悪いからだけとも言えなくて、もしかしたら人類の進化の歴史にその原因の一端があるのかもしれない、と思いながら、必要以上に自責の念を抱かないように心がけた。現在、これほどまでに大変な時期はすでに過ぎ去り、今あらためて子供を眺めても、どうしてあんなに大きなストレスを感じたのだろう……と不思議な気持ちになるのだった。
 
※ 本文で紹介した「科学的な知見」のなかには、まだ推論ベースの話で、きちんと実証されていないものも含まれます。
 
(つづく)
 
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4.FENICS協力イベント
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FENICSと協力して開催しているEC「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ:映像による百科事典」のイベントがいよいよ3月に開催されます。
 
「映像のフィールドワーク展ー20世紀の映像百科事典をひらく」
3月16日(土)?4月7日(日)11:00ー19:00 ※月曜休 
生活工房ギャラリー&ワークショップルームAB(三軒茶屋キャロットタワー3・4階)
 
本展では、ECフィルムの映像群を「住処」「音楽」「料理」「儀礼」などのキーワードで拾い集め、会場内に投影します。映像のなかの世界を紐解くように探索するだけでなく、来場者の発見が展示に反映されていく参加型の展覧会です。
 
〈展示内容〉
展示会場内に、仮設の「ECフィルム研究所」が出現!映像のフィールドワークを毎日やっています。
 
1.身体を通して映像を観る
ECフィルムが大画面に投影された展示空間では、ただ「観る」だけでなく、映像の中の行為(ひもを綯う、踊る、鳴らすなど)を「やってみる」体験ができます。デジタル化している約600タイトルの映像も自由に検索・閲覧できます。
 
2.さまざまなキーワードで、ECフィルムを再構成。
「回る」「たたく」「運ぶ」「笑う」など40のことばでECフィルムに映り込んでいるものごとを切り取り、世界中の営みが同時投影される映像インスタレーション作品《Diverse and Universal Camera》を初公開します。
《Diverse and Universal Camera》2019, 野口靖+ECわらしべ調査隊
 
3.ECラボラトリーズ!!
展示会場では、映像をめぐって連日なにかが出遭い、起こり、「実験」の痕跡が残されていきます。さまざまな〈ゲスト研究員〉が登場し、その日だけ上映される映像も。*すべて会場は4階展覧会場内、参加費無料。
FENICS正会員の野口靖さんによるECを使った映像インスタレーションが展示されます。(迫力あります!)
シリーズ著者からは増野さんが、イベントに登壇します。詳細のプログラム、こちらをご覧ください。
 
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5 会員の活躍(増野亜子)
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13巻『フィールドノート古今東西』で「民族音楽学者のフィールドノート:言葉をあつめて演奏と研究をつなぐ」ご執筆の増野亜子さん(民族音楽学)が、ライブをなさいます。ぜひこの機会に!
 
4月14日 バリの歌芝居 マメタンガンライブ!
 
竹笛、太鼓、ゴングの響きに乗って歌い踊るバリの芸能ジャンゲルと、歌芝居アルジャが合体!ますます楽しくなってパワーアップしたマメタンガン!今回も昼・夕2回公演ご用意しました。定員各回45名様です。
 
出演:Mame-tangan (マメタンガン)
[小原妙子・塩谷智砂・安田冴・松重貢一郎(歌と踊りと芝居)
石井留美・石塚千東・伊藤祐里子・城島茂樹・新留美哉子・根岸久美子・増野亜子・吉田ゆか子・若林康明(演奏)]
 
■日時:2019年4月14日(日)
 1)昼の部=13:00開場 13:30開演
 2)夕の部=16:30開場 17:00開演
※各回定員45名
 
■ところ:アレイホール(小田急線・京王井の頭線下北沢駅北口徒歩2分)
■料金:前売2,500円 当日3,000円
 (未就学児無料;小中学生は前売当日共1,000円)
■ご予約・お問い合わせ:マメタンガン・ライブ事務局
email:mametangan%zoho.com (%、を半角の@に置き換えて送信ください)
 
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以上です。お知らせ、いつでもご連絡ください。発信、掲載いたします。
FENICSと共催・協力イベントをご企画いただける場合、いつでもご連絡ください。
 
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お問い合わせ・ご感想などはこちらよりお寄せ下さい。
メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿

寄稿者紹介

霊長類学、自然人類学 |

(霊長類学、自然人類学)


社会人類学 at 東京外国語大学 |

FENICS代表