FENICS メルマガ Vol.57 2019/4/25

1.今月のFENICS

 新学期となりました。新しい環境で生活が始まった方もいらっしゃると思います。まさにそうした意味で、4月は新しい生活圏のフィールドワークがなされる時期でしょうか。
 新しい始まりが多くあり、気持ちがひきしまり期待をもって予定を考える機会も多くあります。FENICSイベントは5月、6月とまず二件、計画されました。FENICSシリーズも4巻『現場で育つ調査力』9巻『経験からまなぶ安全対策』は絶賛編集中、そして8巻『災難・失敗を越えて』も動き出します。長らくお待たせしすぎております。
 なにとぞご協力お願いします。

それでは本号の目次です。
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1 今月のFENICS
2 フィールドワーカーのライフイベント(連載5)(蔦谷匠)
3 フィールドごはん(尾形梨宝)
4 子連れフィールドワーク(連載)(椎野若菜)
5 FENICSイベント——5/18FENICSサロン@京都、6/9総会、FENICSサロン@武蔵小金井
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2.フィールドワーカーのライフイベント(連載5)
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おっぱい研究者の子育て?姑との確執編?

蔦谷 匠(人類学・海洋研究開発機構)

出張の際に久しぶりの職場から見た早朝の海。妻には申し訳なかったけれど、産後すぐの時期は、たまにある仕事がむしろ「息抜き」だった。


 大きな問題は退院後に起こった。私も妻も長く休業し、ふたりで子育てに取り組む体制はととのっていたけれど、第一子だったため、子育ての実際の様子は子供が産まれるまでまったく予想できず、不安に思っていた。そのため、退院後1週間くらいから、妻の母親に沖縄に来てもらい、2週間ほどヘルプをお願いしていた。そして、姑の来沖 (人が沖縄にやってくることをこう言い表すことがあります) の2日後に、私と姑が大喧嘩してしまったのである。
 我が家では普段から家事を柔軟に分担し、夫婦のどちらかが欠けても問題なく家のことがまわるようになっている。また、1週間の入院生活のあいだに子育てに関してあらゆることを助産師さんに質問しまくったおかげで、ふたりだけでも意外と十分やっていけるようになっていた。おたがい研究者であるから、産後の母親のコンディションや子供の育ちに関する医学的・科学的なエビデンスもよく調べていた。予期せず帝王切開になり1週間の入院生活を送って、授乳にも苦労していた妻の負担をできるだけ取り除こうと、産後、私はまめまめしく働いた。生まれてきた子供はとってもかわいい。妻とはよく話し合いをして、これまで以上に絆が深まったように思う。気が張っていたけれど、この先も大丈夫、という確かな自信がついていた。
 そんなときに、姑が来てくれた。姑は小さい子が大好きで、家族規範も大切にする。一日中妻と子供の横を離れず、やさしく面倒を見てくれている姿が、しかし、そのときの私には苛立たしかった。その理由はふたつあった (と今ならわかるのですが……)。ひとつは、産後、夫婦で共に築き上げた信頼関係や生活基盤を姑が横取りするように見えて、嫉妬してしまったこと。もうひとつは、かよわい子供や産後の妻をできるだけストレスフリーにしてあげたいと気が張って、他人に対していつも以上に攻撃的な精神状態になってしまっていたこと。その結果、私は姑に対して過剰に厳しく当たり、姑はそれに反発して大喧嘩になった。言い争いのなかで、妻とは長い時間をかけて信頼関係を築いてきたが、姑とは結局まだ他人でしかないという私の家族観と、娘の夫であるならその母親も敬うべきだという姑の家族観の違いが浮き彫りになった。確執の真の原因は、おそらく、こうした家族観の違いにあったのかもしれない。
 確執を解くためにはクールダウンの時間をとるのが最善と思われたが、幸い、私はすぐに東京に出張に発ち、非常勤の授業をしなければならない予定があった。姑は滞在期間をすこし短縮して、私が沖縄に戻ってくるのと入れ替わりで東京に戻っていった。
 この話を知り合いにすると、その反応はいろいろだった。研究室の秘書さん (出産経験者) は「そんなことしていちばんストレスを感じるのは奥さんでしょうが!」と当事者目線からまっとうな指摘をくれた。知り合いの社会学者は、ふむふむ、とおもしろそうに聞いたあと「いわゆるイクメンが増えてるせいか、実は最近そういう話よく聞くんだよね。蔦谷くんの事例で3つめだ」と興味深いコメントをくれた。研究会でおしゃべりした子育て支援の研究者からは「産後はなんでもストレスになるから、それがなくても奥さんは結局どこかでストレスを感じていたと思いますよ。もし姑さんと蔦谷さんがうまくいってたら、今度は奥さんが嫉妬したりとか」となぐさめていただいた。
当の私は、現在、これは産後抑うつ症の男性版なのではなかろうか……などと無邪気な責任転嫁をしつつ、でも やっぱり申し訳ない気持ちでびくびくしながら、姑や妻の実家とどう関係を再構築していくのがいいものか……と悩んでいる。

(つづく)

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3.フィールドごはん
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尾形梨宝(東京外国語大学アフリカ地域専攻)

Overnight oats

 大学の春休みである2、3月にカナダ、バンクーバーへ短期留学に行った。日が長いとはいえ寒い。よく晴れた日は気持ちがよいが、外に一歩出れば冷気が顔を冷やす。学校への行き道やバスを待つ間、暖かくて甘い相棒がほしい。そんな時に重宝するのがHot Chocolateだ。その名の通り熱々のチョコレート味の飲み物で、日本のココアよりもなめらかだ。大学内の売店には必ずおいてあり、出来立てを2$で買う。大きめのカップを飲み終わる頃には、すっかり身体がぽかぽかしている。寒いせいか、現地では人々がHot Chocolateを手にして歩く姿が多く見られる。カナダの冬にはかかせない。
 もう一つ、学内で多く見かけたのがveganのマークがついた食べ物だ。Veganとは、牛乳や卵も含め動物性の食べ物を摂取しない人のことだ。Vegan用チョコレート、ラップサンド、グラノーラ。カナダでは日本より一般的らしく、普通食のランチとほぼ同じ数だけveganランチがある。私はveganではないものの、ここは一口試してみよう。生まれて初めてbreakfast for veganと書かれたovernight oatsを食べてみた。オーツをミルクや豆乳に浸して一晩おいたもので、自分でも簡単に作れる。現地では学生がよくベンチで食べる姿を見かけた。レモン風味のオーツにココナッツ、ブルーベリーがよく合う。くせが無く、美味しくいただいた。日本で見かけたことはないが、またいつかトライしたい。

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4.子連れフィールドワーク
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二人子連れフィールドワーク(ナイロビ編3)

椎野若菜(社会人類学・東京外国語大学AA研)

病院で順番をまつ


 ウガンダへ移動する前日、私は多くのことを抱えていた。朝早くに長男Jを学校にやり、調査村から来ている調査助手と調査票をもとにディスカッションし、夕方には終えて旅の準備を始める、順調なはずだった。ところが・・・夕方になって母の具合が悪くなってしまったのだ。39度以上の高熱でうなって、飲み水も受け付けない。自分自身の経験がよみがえってくる。高熱に、水の嘔吐はマラリアの始まりだ——だが母の場合は震えがないので、きっと違うだろう、やはり、母に相当無理をさせてしまったせいで疲れが出てしまった・・・とさまざまな思いが渦巻いて、どうしたらよいのか、うまく頭が回らなかった。とにかく、母の年齢を考えるとはやく点滴をしないとまずい。迷惑を承知で、日本学術振興会のセンター長の溝口大助さんに、病院に連れて行ってほしいとお願いした。副センター長の稲角さんも若いがとても冷静に、ウガンダ行きの中止も含め考えられる選択肢を提示してくれたが、その時の私は旅程のことまで考えられず、とにかく病院に行くことにした。どこに行くかも選択肢があったが、3年前に長男Jと私が溝口さんに連れて行ってもらった24時間体制のクリニックに行きたいとお願いした(このエピソードはFENICS 12巻『女も男もフィールドへ』にある)。一瞬デジャブか?とすら思ったがいやいや、まさに、親子3代で同じ病院に連れて行ってもらうというリアルになってしまった。私が3年前、夜に怪我したときと同様、共同研究者の野口靖さんにJとともに留守番してもらい、私は二男のベビーを抱いて溝口さんとともに高熱で足元がふらついている母を病院に連れて行った。
 夜中の病院は、スタッフの人数も少なく大層時間がかかった。なんと窓には網戸もなく蚊も蛾もたくさんいた。そのようななか、看護師も医師それぞれは比較的テキパキと母に血液検査、注射、点滴をした。マラリアではなく、感染症だった。おそらくベビーの風邪をもらい悪化したと思われる。すべて終わったのは夜中の1時半だった。治安の悪いナイロビで、溝口さんが同伴してくださったことで、とても心強かった。ベビーを抱え、車いすの母のケア、そのうえ治安の心配となると、さすがに私もキャパに自信がない。
 幸い、翌日には母は大分回復し別人のようになり、もう一度注射をうち、一日遅れてウガンダへ移動するはこびになった。ウガンダでの調査スケジュールもタイトに多くの人のアポイントも含め計画されていたので、ウガンダ調査を中止する、という判断を選択肢としてなかなか認めたくない自分がいた。そして母自身も足がふらついているにもかかわらず、迷惑がかかるから予定どおり、と何度も言っていた。病人がでたとき、事故がおきたとき、現状をどう判断してフィールド調査をどう継続するか否か——。多くの決断と手続きが一度に自分にのしかかってきて、どうしても一人では冷静に考えられないときがある。現場に相談者がいるというのは、非常に助かった。そして今回、そういう意味で私もまだまだ未熟であると自分で感じた。

(つづく)

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5.FENICSイベント
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 新年度になり、5月、6月とFENICSイベントが続きます。どうぞふるってご参加ください。

(1)FENICSサロン@アフリカ学会 京都精華大学 「フィールドワーカーの研究と育児:院生・PDの場合」

日本アフリカ学会が開催されるのと同時に、FENICS12巻『女も男もフィールドへ』に関する、フィールドワーカーのライフイベントを扱うFENICSサロンを開催します。
子育てとフィールド研究の両立について、どんな形がありうるのか、フロアを交えて意見交換も行います。関西にお住まいの方、この時期京都におられる方等々、ぜひおいでください。

日時:5月18日 15:00〜16:00
場所:京都精華大学清風館 2階C207
アクセスhttp://www.kyoto-seika.ac.jp/about/access/
http://www.kyoto-seika.ac.jp/about/map/(キャンパスマップ)

はじめに 椎野若菜(東京外国語大学AA研)

大平和希子(日本学術振興会DC2/東京大学)
「住まいは富山、大学は東京、フィールドはウガンダ:博士課程と育児の両立」

稲井啓之(日本学術振興会PD/国立民族学博物館)
「外国人研究者の妻との子育てと仕事」

四方篝(京都大学)
「データでみるアフリカ研究における男女共同参画:京大ASAFASアフリカ専攻の事例」

フロアで意見交換

(2)FENICS総会 13:00〜14:00
 年に一度の総会、正会員の方はご参加お願いいたします。不参加の方は委任状をお願いいたします。おっておしらせします。
総会後に下記のサロンを開催します。

(3)FENICSサロン 〜水流ランナー、人類学、フォトグラフィー(仮)

河川沿い走る、水流ランナーとしてプロとなった二神浩晃さんと、野中健一さん(地理学)、大石高典さん(人類学)、藤元敬二さん(写真)、とそれぞれの専門から川に関わってきたフィールドワーカーと川へのこだわり、見方、関わりかたを交えます。

日時:2019年6月9日(日)14:30〜17:30

東京学芸大こども未来研究所 Codolabo studio(最寄駅・中央線武蔵小金井)
http://www.codomode.org/access.php

登壇:
二神浩晃(水流ランナー)
野中健一(長良川・メコン河/地理学・自然人類学/立教大学)
大石高典(コンゴ川/生態人類学・東京外国語大学)
藤元敬二(荒川/写真家)

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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿

寄稿者紹介

霊長類学、自然人類学 |

(霊長類学、自然人類学)


社会人類学 at 東京外国語大学 |

FENICS代表