FENICS メルマガ Vol.58 2019/5/25
 
1.今月のFENICS
 
 5月末になり、夏日となりました。5月なのに30度超えの季節の感覚、体調を整えるのが難しいですね。
先週末は京都精華大学にてFENICSサロン「フィールドワーカーの研究と育児:院生・PDの場合」が開催されました。パートナーと住む場所、睡眠時間のとりかた、家事子育ての分業等を互いの職業、研究などにあわせ臨機応変に話し合いながら対応しているお二人の話者の実践を知りました。子育てと研究を両立させようとしている「パパ友がほしい!」という悲痛な声が最後のこりました。
 さて来月もつづいてライフイベントに関するサロン、総会と「川」をめぐるサロンがあります。さまざまな専門から川への思い入れが集結します。お楽しみに!
 4巻、8巻、9巻の編集も動いております。なにとぞよろしくお願いします。
 
それでは本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 フィールドワーカーのライフイベント(連載6)(蔦谷匠)
3 子連れフィールドワーク(連載4)      (椎野若菜)
4 FENICSイベント――6/1 FENICSサロン@東北大、6/9総会、FENICSサロン@武蔵小金井
5 本の紹介 『探検家ヘディンと京都大学―残された60枚の模写が語るもの』
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2.フィールドワーカーのライフイベント(連載)
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おっぱい研究者の子育て6
 
蔦谷 匠(人類学・海洋研究開発機構)
 
子供が生後半年を過ぎた今でこそ、夜は長い時間よく眠ってくれるようになり、夜間に起きる頻度は2回くらいとなった。比較的ころんと眠りに落ちてくれるようにもなり、子供の体重が増えて抱える腕が痛くなり肩がこるようになった以外は、寝かしつけも以前よりはずっと楽になった。
しかし思い返せば、生後1−2ヶ月の頃は、寝かしつけに関して非常に苦労した。眠たくなってくると子供は泣き、そのままにしておくと興奮が増して泣き叫ぶようになり、手がつけられなくなる。しばらく抱っこしてゆさゆさしていると落ち着いて眠ってくれるのだけれど、そのやり方に関する最適解がいつも違うようなありさま。あるときはスリングに入れて外に出て夜の町を20分ほど歩くことだったり、おくるみで包んでドライヤーの音を聞かせながら (胎内にいたときと同じようで安心するらしい) 左右に揺らすように抱っこしていることだったり、どうしても眠ってくれないので「さっきも飲んだのに〜」と妻が授乳を始めたら乳房をくわえながら寝落ちしたり。
  

夜の散歩のときに見下ろした街の様子。

 眠った後もひと苦労。布団にそろそろとおろす呼吸を誤ると、パッと目があき、途端に泣きはじめる。あわてて抱き上げるとまた安心したようにすやすやと眠りはじめる。俗に言う「背中スイッチ」である。ようやく布団におろし、さあやっと自分の時間がとれる! と仕事を始めても、きっかり30分経つと泣き声が聞こえてきて、子供は目を覚ましているのだった。夜はだんだん長い時間まとめて眠ってくれるようになっていったものの、生後3−4ヶ月ほど、昼寝の時間は常に30分間で、育児本などに書かれた「赤ちゃんがお昼寝しているあいだの2時間は自分の時間!」などといった記述を読んでは、「こんな赤ちゃん実在するのか……」と妻と顔を見合わせていた。
  
 両方とも育休や有給をとっていたとはいえ、私も妻も研究者であり、家でも病院でも、やろうと思えば仕事はいくらでもできてしまう。データ解析、文献の読み込み、論文書き、そうしたことをまったくせずに過ごしていては、任期付きのただでさえ先の見えないキャリアがさらに暗いものとなってしまう。そうした意識から、最初は、効率を重視した戦略をとっていた。どちらかが子供の面倒を見ているときは、もう一方は眠ったり仕事をしたり。しかし、この戦略のもとでは不満がたまった。仕事ができるという意識でいると、競り合いになり、そのとき育児のタスクに入っていない相手が恨めしく思えるようになってしまった。また、私がひとりで夜の寝かしつけに入っていると、気持ちが不安定になることもあった。結局、妻も私もふたりとも「休業」しているのだから、仕事は最低限と思うことにして、効率よりは納得感を重視しよう、ということになった。その結果、ふたりのあいだに余裕ができた。子供が夜中0時まで泣き叫んで寝ない夜があったりもしたけれど、明かりを落とした部屋のなか、妻と私でひそひそおしゃべりをしたりしながら面倒をみていたら、かえって、これはこれで楽しいものに感じられた。
  
子供が生まれた後、あきらかに研究時間は少なくなった。しかし、そのぶん可処分時間の貴重さが身にしみて、その時間を集中して使えるようになった。また、両者が育児休業をとることで、子育てを通して夫婦が向き合う時間の長さやその深さが増し、以前にも増して互いのことや自分自身のことをよく知ることができたように思う。
 
(つづく)
 
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3.子連れフィールドワーク
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 二人子連れフィールドワーク(ウガンダ編)4
 
椎野若菜(社会人類学・東京外国語大学AA研)
 

やっと到着したカンパラで、イアンの母にもらった花束とともに。道中は写真をとる暇は全くなかった。

 点滴のおかげで高熱から解放された母と子どもたちと、一日遅らせてウガンダへ移動することになった。日を変更し大型タクシーに来てもらい、ナイロビのジョモケニアッタ国際空港へ。病み上がりの母がなるべく歩かなくてもよいようにせねばならない。まず難関は中に入るための荷物チェックだ。靴もぬいで、スーツケースは3つ、バギー、手荷物5つもスキャンせねばならない。抱っこひもでベビーを抱きつつ”Assist me!!” と叫びながら母、長男Jがセキュリティチェックを通過したのを確認しつつスキャンをおえ流れてくる荷物をとりまとめる。やっとこさ中へ進むと、いつものごとくカウンターでチェックインするまでには長蛇の列。体重10kgほどの8か月のベビーを抱え、着替えやおもちゃ、食品の入った重いバッグを携え、車いすを手に入れるために走り、我々の世話をしてくれそうな人を探すのにチャイ(賄賂)を払い、その間ふらふら走りまわる長男Jを怒鳴り、、、汗かきまくりだ。  
やっとチェックインカウンターに着くと、ケニア航空は23kgまで、私の荷物は重すぎるといわれ(エミレーツ航空は30kgまでOK)、スーツケースを開けて調査票の紙の束を出し、それは手荷物となった。ベビー、調査票の束、マザーズバッグを抱え、車いすの母、6歳児を連れた私を、皆がじろじろと見た。もうこれ以上抱えられるものはなかった。
 やっと着いたウガンダの空港では、母のために用意された車椅子は、ちゃっかり他の老人が使ってしまい、新たに頼むことになった。待ちぼうけ、そしてまた賄賂をせがまれる。出口では夫イアンと義母が待っていた。義母は花束をもって私の母を迎える。イアンが今回の滞在のために借りた家では、義妹がパッションフルーツジュースをつくって待っていた。病み上がりで、また英語が駆使できない母にはこうした親族づきあいは、気を使って大変そうだった。
 休憩する間もなく、予定どおり、マケレレ大学の友人宅へ夕食に呼ばれていたのでむかうことになった。夕方はとくに渋滞、渋滞、渋滞。ある程度までメイン道路を走ったところで、イアンが先方に電話をして家の場所をくわしく聞き始めた。近年、中産階級が増加し、人々は自らの出身地とカンパラの郊外それぞれに庭付きのマイホームを建てるようになってきた。だが道路が整備されていないため、場所が大変わかりづらい。結局ボダボダ(バイクタクシー)の男に道案内をしてもらうことになった。日が暮れて電気のない暗い道では、車のヘッドライトがたよりだ。想像以上にひどいガタガタ道で、病み上がりの母の顔がこわばってきた。ガタン!ガタン!と車体がジャンプするたびに腰に直撃するので、その振動を直に受けないよう、腰をあげねばならないのだ。かなり疲れる。母の様子をみて、ゆっくり走るようにイアンにいうと、とたんにボダボダを見失ってしまった。ある程度の距離まできたのに、また振り出しでメイン道路に戻る羽目になった。母の顔がゆがむ。「これはきついわ。」
 二回目のガイドのボダボダは、こちらが来ているか確かめつつ、進んでくれた。いくつもの角をまがりまだか、もう少しで着くか?というとき、変な匂いがしだした。そして、やっとお宅のゲートについた!というとき――車のボンネットからもうもうと煙が出てきたのだ。これは危ない!あわてて長男Jと母をうながしベビーを抱いて車を出た・・・爆発はしなくてよかった・・
 
(つづく)
 
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4.FENICSイベント
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 6月には2回、FENICSイベントが続きます。どうぞふるってご参加ください。
 
(1)FENICSサロン@東北大学 「フィ-ルドワ-カ-とライフイベント:子連れフィールドワーク」
 
文化人類学会が開催されるのと同時に、FENICS12巻『女も男もフィールドへ』に関する、フィールドワーカーのライフイベントを扱うFENICSサロンを開催します。
東北にお住まいの方、この時期東北におられる方等々、ぜひおいでください。
フィールドワーカーが研究と妊娠、出産、育児、といったライフイベントの両立を考えたとき、まず出産後いつ、どこへ、誰と、どのようにフィールドワークを開始できるか?
ランチを食べながら、情報共有を目的とします。もちろん子連れOK!
 
★日時:2019年 6月1日(土)12:00~12:30
★場所:東北大学文学部棟1階の133室、C13
 
はじめに 椎野若菜(東京外国語大学AA研)
 
山口未花子(北海道大学)
 『家族フィールドワーク』の可能性:カナダ、ユーコン準州での経験から」
 
フロアで意見交換
 
 
(2)FENICS総会 
2019年6月9日(日)13:00~14:00
東京学芸大こども未来研究所 Codolabo studio(最寄駅・中央線武蔵小金井) 
 
 年に一度の総会、正会員の方はご参加お願いいたします。不参加の方は委任状をお願いいたします。おっておしらせします。
総会後に同じ会場にて下記のサロンを開催します。
 
(3)FENICSサロン 達人・変人と深める「川」:水流ランナー、人類学、フォトグラフィー
河川沿い走る、水流ランナーとしてプロとなった二神浩晃さんと、野中健一さん(地理学)、大石高典さん(人類学)、藤元敬二さん(フォトグラファー)、とそれぞれの専門から川に関わってきたフィールドワーカーと川へのこだわり、見方、関わりかたを交えます。
 
日時:2019年6月9日(日)14:30~17:30
会場:東京学芸大こども未来研究所 Codolabo studio(最寄駅・中央線武蔵小金井)
登壇:
二神 浩晃 (水流ランナー)https://zts47.com/
野中健一(長良川・メコン河/地理学・生態人類学/立教大学)
大石高典 (コンゴ川/生態人類学・東京外国語大学)http://www.tufs.ac.jp/asc/about/staff/oishitakanori.html
 藤元 敬二 (荒川/フォトグラファー)www.keijifujimoto.net/
 
 入場料 500円 (学生は無料)   子連れ、大歓迎です
 
 
 
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5.本の紹介
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『探検家ヘディンと京都大学―残された60枚の模写が語るもの』
田中 和子 編/佐藤 兼永 撮影
A4変上製・278頁 ISBN: 9784814001491 発行年月: 2018/03 本体: 6,800円(税別)
 
紹介者:椎野若菜
A4判の大きな、カラーの贅沢な本である。
2014年、京大の地理学の教授である田中和子先生が地理学研究室の整理をしていたところ、「中央アジア (?)地形・風俗」と墨書きされた二つの封筒からあわせて60点のスケッチと美しい水彩画の束を見つけたのだそうだ。それは、100年以上も前の1908年、中央アジア探検を終えた探検家スウェン・ヘディンが初来日し、京都大学を訪れた際に彼の原画を模写したものだったという。1908年とは日本が日露戦争に勝ったばかりで、世界的な探検家を迎えるという事業は官民あげての大イベントになった。執筆者の一人である松田素二は、「探検家としてのヘディンの特徴は、19世紀末のヨーロッパに充満していた『強者の好奇心』にもとづく探検家から、国籍や民族、文化を超えた知(学術)の実践者へと移行していく過程にあるといってよい」と位置付ける[6章 松田 :207]。世界の探検家が当時の日本、京都大学を中心とする人々に与えた影響、「大陸」に対し関心をもつようになる日本、地理学、探検、政治の関係・・等々、多岐にわたる問題系が時空を超えて交差しせまってくる。2019年3月には、京大出版会とTrans Pacific Pressのジョイントで英語版も出版された。
 この京大地理学研究室には、当時の日本の政治的動向と学問の関係を知る多くの宝が、まだまだ埋まっているようである。
 
ぜひ手元に、という方は椎野まで(wakanatokyo[at]gmail.com)ご連絡ください。著者引き(2割引き)フォームをお送りします。
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
FENICSウェブサイト:http://www.fenics.jpn.org/

寄稿者紹介

霊長類学、自然人類学 |

(霊長類学、自然人類学)


社会人類学 at 東京外国語大学 |

FENICS代表