FENICS メルマガ Vol.105 2023/4/25 
 
 
1.今月のFENICS
 
新しい年度、みなさまそれぞれに、どのような始まりを迎えられていますか。
編集人は、個人的に4月早々の坂本龍一さんの訃報から、まだ精神的には立ち直れていません。私自身、小学校6年の頃から坂本さんの音楽、活動に積極的に触れてきました。音楽という専門の世界だけでなく、音楽を通じ、社会に、世界に実際に働きかける人でした。
  
ようやく最近、子どもたちと改めて彼の音楽を聴き直し始めました。YMOを散開しソロになってからの作品に’Field work’(1984)があることを思い出しました。また2001年に地雷除去のチャリティのために世界のミュージシャンに呼びかけてつくった’ZERO LANDMINE’。20年以上たったいま、地雷除去どころか、あらたな戦争が始まったままの世界です。  
黙って、動かないままでいられない、社会の状況が続きます。フィールドワークという手法によって社会を、人を見る、そして自分を見る。そしてどう社会に働きかけるか、考える。こうした営みを、坂本さんを想い、後を追いつつ、新年度からも積み重ねていきたいと思っています。

今年度から、対面イベントが再開、FENICSの新しい企画シリーズが始まります。お楽しみに!スケジュール、要チェックです。

 
さて、本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 子連れフィールドワーク(1)(杉江あい)
3 子連れフィールドワーク(2)(椎野若菜)
4 FENICSからのお知らせ:6月17日は総会と新シリーズイベント
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2. 子連れフィールドワーク(連載①)(杉江あい)
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子連れフィールドワーク@陸前高田
 
杉江あい(人文地理学/京都大学文学研究科)
 
 フィールドワークのために岩手県陸前高田(以下,高田)に行ったのは,2018年からこれまで全部で7回。はじめは乳児だった長女を毎回連れて行き,3回目は2人目の妊娠中,そして4回目以降は次女も加わった。2人の娘は今やすっかり,私に負けないくらい高田の人,モノ,場所に惹きつけられて,高田に行くのを心待ちにしている。本号から,高田の魅力を紹介しつつ,周りの方々に助けていただきながらおこなったフィールドワークの記録を連載でお届けする。
  
サウディアラビアから陸前高田へ  
2018年6月22日,バングラデシュ人の夫と一緒に,もうすぐ2歳になる娘を連れて高田を再訪した。初めて高田を訪れたのは2012年3月下旬だった。そのときは私1人で,ボランティアツアーでバスに乗っていった。ボランティアといっても,高田の米崎町で,花畑にするという土地の細かな「瓦礫」撤去のお手伝いを半日くらいした程度である(でも,このときの経験は今思えばとても貴重だった。土に埋もれていたのは「瓦礫」ではなく,そこで暮らしていた人たちの生活の痕跡だったのである)。  

成田エクスプレスも人生初。夫の坊主頭は小巡礼を終えた証(あかし)。

今回の再訪は,陸前高田をフィールドとする科研の共同研究合宿。代表の先生から分担者の打診がきたとき,陸前高田にまた行ける!と思い,飛び乗ったが,日本でのフィールドワークは学部生の実習以来。自分に何ができるのか,まったく想像できなかった。しかも,高田に向かう出発地は,私たち3人が暮らす名古屋ではなく,サウディアラビア(以下,サウディ)のマッカ(メッカ)だった。6月中はマッカでウムラ(イスラーム教徒が行う小巡礼)+フィールドワークをしており,その合間に代表の先生と学生さんたちがまとめた高田に関する報告書を読んだ。
  
そんな中,帰国する数日前に娘が熱を出し,私にもうつってしまった。帰国直前に娘の熱は何とかおさまったが,私の声はガラガラ。このときはまだコロナ禍前だったので,人と接触する上での心配はなかった。しかし,陸前高田に22日,23日と滞在して,24日には東京外国語大学で開かれるシンポジウムでの発表が待っていた。21日に成田に到着した後,サウディ用の荷物を自宅に送り,宿の近くの病院に駆け込んだ。

人生初のグリーン車

初の東北新幹線「はやぶさ」,まさかの〇〇〇がない!  
 翌朝,東北新幹線に乗って高田へ。東北新幹線自体はじめてだったが(というより,それゆえに),思いがけずグリーン車に乗ることになった。当時,私は東京外国語大学(外大)でPD(ポスト・ドクター)をしていて,私の実家と夫の勤務先がある名古屋で育児をしながら,月に何度か東海新幹線「のぞみ」で外大に通う生活をしていた。娘は直母(直接授乳)への執着が強く,脱水症状が出るまで哺乳瓶を拒否する子だったので,乳児同伴の旅には慣れていた。子連れのときは乗車直前まで何が起こるかわからないので,時間が決まっていない自由席の方が気楽で,毎回当日に自由席を買っていた。
  
今回もその調子で「はやぶさ」の乗車券を乗車直前に買おうとしたら,自由席がない。しかも,指定席もグリーン車以外はすべて満席。この便を逃してしまったら合宿の集合時間に間に合わない。「はやぶさ」に乗るのを「のぞみ」に乗るのと同じように考え,何も準備していなかった私が甘かった。涙を飲んでグリーン車席を大人2人分,購入することに。私の旅費(もちろんグリーン車利用の特別料金は出ない)以外は自腹である。購入直後は自分の準備不足を恨んだが,乗ってみるとグリーン席でよかった(と自分に言い聞かせた)。娘と3人並んで座っても座席が広々としていて快適で,サウディ帰りの風邪を引いた身体にはありがたかった。そして,この財布に痛い失敗は,必ず高田に行くときはあらかじめ新幹線の予約が必要だという教訓になった。が,2回目の合宿時は,新幹線でさらなる大失敗をすることになる…。
(つづく)
 
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3. 子連れフィールドワーク(連載②)(椎野若菜)
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小学4年、10歳とケニア調査へ行く
 
椎野若菜(社会人類学/東京外国語大学AA研)
3年ぶりのナイロビ
10歳になった長男Jに、フィールドワークもどきをさせてみたい。私のフィールド村にJを連れて行き、村の人々に紹介したい。今回の調査旅には、私のなかの勝手な目論見があった。
  
コロナ拡大以降、3年経ったナイロビの姿は、高架のハイウェイができ、高層ビルも増え、なじみがあった街角の様子もすっかり様変わりし、「近代都市」を感じさせた。3年前に来たときのJは、小学校にあがる寸前の3月で、ナイロビの小学校に1年生として体験入学した。その際はいわゆる町の「中心」にあまり来なかったせいもあるが、Jは「ほら!みて!こんな高いビルがたくさんなかった!」とフィールドノートに書き込んでいる。  

19世紀末からのイギリスに植民地化された過程を鉄道敷設から学ぶ



鉄道ファンは鉄道から歴史を学ぶ
なんども来ているアフリカとはいえ、思えば、Jに意識的にアフリカに関する情報を伝えていなかったので、あらためて歴史的、経済的、生態学的背景など、私が知る範囲で機会をみてJに話す。  

初めの週末は、彼の希望でナイロビ鉄道博物館へ。私だけならわざわざ行かないところだが、改めて行ってみるとかなり面白かった。限られた館内の展示では、先日に亡くなったクイーン・エリザベスの座ったベンチを始め、当時の機関車、客車で使用されたもの、部品が無造作に並ぶ。またおそらく、イギリスであれば貴重な19世紀初頭の植民地期初期の蒸気機関車として展示してあろうものが、野外にほったらかし、上って入るのも自由。モンバサ港からナイル川の源であるヴィクトリア湖畔のウガンダ・カンパラをはじめ植民地期に敷かれた「ウガンダ鉄道」。‵Masai of Kenya’はじめ、数々の機関車に名付けられた名前が、ウガンダに存在する特定の地名や民族名であることも興味深かった。大好きな鉄道、ということもあって、Jは熱心に植民地時代からの歴史を学びだした。

蒸気機関車 Masai of Kenya

マンチェスターからやってきた蒸気機関車には、大地溝帯付近に暮らす諸民族の名前がつけられている

ナイロビの私立小学校
Jを調査旅に連れていくにあたり、日本を出る前に通学する学校を決めておく必要があった。おとなである私が体験できないケニアの小学校の世界をJを通じて知りたい、とも思っていた。イギリス系の学校は体験入学もなく、短期の就学は受け入れていない、ということだった。他方、4年前に通ったことのあるケニアの学校はウェルカムだった。
ふだん通う日本での学校担任と話し、3週間弱、休みケニアの学校に行かせたい旨を担任に伝えた。すると、経験がなによりである、しかし学校でテストをしないので3学期の成績はつけらない、と言う。少々驚いた私はJと相談し、かなりの負担ではあるが帰国後にかためて一日に5つのテストをうけることにした。
 

クラスルームは誰かのうちのリビングルームのようにリラックスした雰囲気

 以前通ったことのあるナイロビの学校は、コロナの影響で生徒数はごく少数になっていた。仕事を失った人が学費を払えず戻ってこられないのだという。コロナ以前は100人以上いたところ、全校で30人ほどであった。
スクールバスが滞在先に朝6時10分ごろにむかえ来て、まだ暗いなかJを見送る。Jによると学校に着く途中で、日の出になるそうだ。学校では一コマが2時間もあり、時間割によって英語、算数、スワヒリ語、クラフト、アート、スイミング、乗馬などがある。休み時間にはもちろんサッカーをして、体力をすっかり消耗して、4時半にスクールバスで戻ってくる。私自身は、朝の6時すぎにJを見送ってから、彼が帰宅するまでのあいだに、スラムに通って調査をすることにした。

 偶然にスクールの運動会の日があった。両親も来るようにとアナウンスがあったので学校見学がてら行ってみた。まず先生が「競争」をするのではない、と開会の辞ではっきり宣言し、さまざまな障害のある子たちも混じって、学校の生徒たち、保護者たちが一人一人の子どもたちの名前を呼びながら皆が最後までゲームができるように応援した。なんとも、日本の学校には見たことのない場面であり、これがダイバーシティの実践のひとつであろうか、と思った。
 短期間で、充実したナイロビでの一週間の学校生活。週末には、西ケニアの私の古くからの調査地にむかって移動することになった。
 
(つづく)
 
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3. FENICSからお知らせ
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FENICS総会+イベント:2023年6月17日(土)@東京・代々木上原

FENICSイベントの詳細が決まりつつあります!
きたる2023年6月17日(土)に、13時からFENICS正会員のための総会、その後14:30より、新シリーズのイベント第一回が東京・代々木上原にて対面にて開催されます。
 
【FENICSフィールドワークと生き方・働き方】
 
 第1回 人類学からつくる食農ビジネス
 
「フィールドワークをしながら生きていく」
かつて人類学を学んだ二人が語る、
人類学を通した世界の見方・食ビジネスの作り方。
 
■日時:2023年6月17日(土)14:30-16:30
 
■ゲスト: 小野邦彦さん(坂ノ途中・代表 )、大橋磨州さん(魚草・店主)
 
■対面会場:KITCHEN LAB(代々木上原駅より徒歩30秒)
     住所:東京都渋谷区西原3-11-8 「GOOD EAT VILLAGE」地下1階  
 
■主催:NPO法人 FENICS
 
 
趣旨
*「人類学」を読んで、どうする??
 
いま、人類学はかつてない注目を集めています。
書店には一般向けに書かれた解説書から、専門的な民族誌まで人類学特集の棚が充実し、
ビジネスの領域でも、フィールドワークの手法のアップデートがなされつつあります。
一方で、社会と学問の交点でどのような実践が展開されるか?は、まだまだトライの最中です。
 
人類学は、目の前の社会に対してどのような価値を発揮できるでしょうか?
人類学を学ぶと、どのような世界への態度や視点が身につき、何ができるようになるのでしょうか?
よりリアルに、人類学を学んだ後の「実践」を問うていくことが求められています。
 
そこで、本イベントでは、かつて大学や大学院で人類学を修めたお二人のゲストが、
どのように人類学を活かし、食ビジネスに繋げているか、を各々のリアルな経験から語り合っていただきます。
 
*野菜と魚のビジネスから
 
初回となる今回は、小野邦彦さん(坂ノ途中・代表 )と、大橋磨州さん(魚草・店主)をお招きし、トークを行います。
 
申込の方法など、追って詳細をお伝えします。お楽しみに!
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
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