FENICS メルマガ Vol.91 2022/2/25 
 
 
1.今月のFENICS
 
 今年は全国的に雪も多いようですが、東京は梅も咲き日ざしも変わってきました。春を少し感じてきたと思いきや、世界情勢がまた、大国の行動によって信じがたい方向に動いています。
アメリカ軍がポーランドに向けて出発する模様、雪のなかを走るタンクをみた翌々日には破壊、と時系列にニュース映像を連日見ている小3の息子が、「これは本当の戦争だ。第三次世界大戦になってしまうぞ。ぼくは初めて見る。ママはいままで生きてきて、本当の戦争があった?」と聞いてきました。たしかに、私は半世紀近く生きてきて、そのような観点で数えたことがなかった。そして「本当の戦争」「どこで」起きていることか、どう数えるのか。アフリカ人の夫は「BBCは一日中、これを流すぞ。世界には、ほかにも大変なことがたくさん起きているのに、これだけになる」。先進国ベースのメディアで流される情報とその影響についても考えさせられます。
 
コロナ状況、まだまだ落ち着かない日々が続きます。どうか、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。
 
 それでは本号の目次です。
 
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1 今月のFENICS
2 フィールドワークから広がる<連載>(多良竜太郎)
3 私のフィールドワーク<連載・後>(吉國元)
4 フィールドワーカーのおすすめ(本)(椎野若菜)
5 FENICSからのお知らせ
6 FENICS会員に関するニュース
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2.フィールドワークから広がる<連載>
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日本とアフリカで木炭生産の現場を探る(その2)紀州備長炭とエネルギー問題  
  
多良竜太郎(京都大学、生態人類学)
 
 2014年のフィールドワークから明らかになったのは、生産者の高齢化や後継者問題、原木を確保することの難しさ、森林荒廃など、備長炭生産をめぐって様々な問題が生じていることであった。
 本来、山に入って原木を入手することは炭焼き業の一部であるが、生産者たちが歳をとり、彼らが山仕事をすることが体力的に難しくなるにつれて、択伐施業の技術が衰退しはじめていた。過酷な作業をともない体力なしには勤まらない備長炭生産の後継者が不足するなか、行政はこの問題の解決にむけて県内外から新規参入者を募っていた。しかしながら、所有者不在の山が増えていること、新規参入者が山の所有者とすぐに良好な関係を構築することは容易でないこと、さらに現地の様々な事情が複雑に絡みあいウバメガシにアクセスすることが困難であることによって、業者から原木を購入する生産者が増加していた。これは、山に入って原木を入手する機会が減っていることを意味していた。生産者が山に入って適度にウバメガシを伐採していたことが森林の保全につながっていたものの、今日の人の手入れが行き届かなくなった山ではウバメガシの大径木化が進み、カシノナガキクイムシによる「ナラ枯れ」被害が増加するとともに、原料不足の問題が深刻化していたのである。  

窯から取り出した備長炭

 あるベテランの生産者にインタビューをしているとき、彼はこんなことをつぶやいた。
「木炭は今でこそ家庭で使われなくなったけれど、1964年の東京オリンピックのころまで当たり前のように調理燃料として使われていたよ。昔のじいさん、ばあさんたちは目の前に広がる山に入って、択伐をくり返しながら炭焼きを続けてきたんだよ。適切に利用すればこの山はエネルギーの供給源であり「宝の山」なのだ。木炭はまさに再生可能エネルギーなんだけれど、今の人たちは普段から使っているわけではないから、これを意識することは難しいかもしれんなぁ。」
 彼の発した印象深い言葉は、しばらく私の耳から離れなかった。木炭を再生可能エネルギーとして意識しはじめた私は、木炭が日常的に使用されていて、炭焼きが生業としておこなわれている国や地域でフィールドワークをしてみたいと強く思うようになった。言うまでもなく、このことが現在私がタンザニアでフィールドワークをしている原点となっている。
  
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3.私のフィールドワーク
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「ホーム(故郷)について」(後)
  
 吉國元(画家)
 
ホーム(故郷)とは何だろうか?日本に住むアフリカ人の友人たちの多くは、とても大切な場所として、それぞれの出身地のことを想っている。今は遠くで暮らしているとしても、祖国は彼らの中に確かにあり、それぞれの原風景はアフリカという共通した地平線で繋がっているように思えた。新型コロナウイルス感染拡⼤が世界的な脅威となり、各国が国境を封鎖したり、「外国⼈」の⼊国を制限したとしても、ホーム(故郷)は、やがて帰る場所として、そこにあり続ける筈なのだ。友⼈たちはアフリカに住む家族とは頻繁に連絡を取り合っているし、故郷の喧騒と静寂、太陽と⼟ぼこり、⾬後の新緑は、回顧するには⽣々しすぎる現在であり続けるのだ。アフリカ出⾝者の⾝体はアフリカという恩寵を何処にいようともまとっている。  

作品『来者たち』(2018-2021)より


⼀方、目前の彼のように、「絶対に帰らない・帰れない」と決意している⼈がいる。その事情を、上野の駅構内で聞くのはあまりにこみいってるし、そこまで聞くことが怖かった⾃分もいる。階段を降り、天井の低い長い通路を⼀緒に歩きながら、彼は難民申請の手続きをこれから行うと云った。改めて⽇本は、道案内やガイドの多⾔語化が充分でないことを実感する。彼のビザや経済状況のことは判らないが、確かなのは⽇本語は喋れない、英語もたどたどしい、アフリカ出身の難民である彼に戻る場所はなく、新型コロナウイルス禍日本で生き延びなければならないということだ。  

人は生まれる場所を選べない。また出生地に留まる人もいれば、生まれ育った場所から引き離される⼈もいる。東京という風景の中で、彼のような事情を抱えた⼈々が、生存を確保するための、様々な条件を必要としている。日本社会の中で、いわゆる「外国人」の存在は以前よりは視えるものになったし、それなりの居場所は彼・彼女たちの工夫や連帯、努力によって、継承され守られているようにも思える。一方で、コロナ禍による移動の自粛、入国制限や厳しい隔離期間によって、同じ「外国人」の中でも、より視えにくい立場に置かれている人達もいる。  

すぐ近くの公立美術館で作品を展示しているのもあって、改めて表現とは、アートとは何だろうかと思った。僕の絵はいくらかの⼊場料さえ払えば誰でも観られるし、今⽇だったら僕の同伴で無料で入館することが出来る。それは大きな空間で味わう、ちょっとした非日常なのかも知れないし、作品も何かを喚起するのかも知れない。僕の絵には「他者との邂逅」という願いが込められてる。だとしても、いま絵を観せることが、彼の生存の条件とどのように交差するのかが判らなかった。美術館は難民のためのシェルターではないし、上野にやって来た彼の目的は⽬当ての魚を買うことであって、絵を観ることではないだろう。

VOCA展2021、上野の森美術館

目的の改札に着いた。僕が絵描きであり、今もアフリカ人を描き続けていることは打ち明けることが出来なかった。3月末の上野だったので、桜の花びらも舞っていたのかも知れない。交通量が少し増え、行き交う人々が⾒える。僕は道路の先にあるマーケットの⼊り⼝を指差した。鮮魚店で魚を買う彼の姿が目に浮かんだ。聞きそびれたが、どんな魚が目当てだったのだろう。わざわざ電車に乗って買いに来たのだから、アフリカでも食べられる品種なのだろうか。そうすると調理の仕⽅はアフリカで習得をし、味付けはホーム(故郷)を想い出させる、いわゆる郷⼟料理なのだろうか。そうかも知れないし、そうでないかも知れない。いづれにせよ、大陸間の移動を経た彼の身体をいたわるのは彼が作る今夜の夕食なのだ。  

僕は“Good luck.”とだけ云った。足早に横断歩道を渡った彼の後ろ姿は、マーケットの入り口へと消えて、やがて見えなくなった。
 
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4. フィールドワーカーのおすすめ(本)
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『バナナの足、世界を駆ける―農と食の人類学』小松かおり著、京都大学出版会、2022年。
 
椎野若菜(社会人類学/アフリカ)
 
本書は、「シリーズ生態人類学は挑む」のモノグラフ6巻に登場した、アフリカ、アジア、パプアニューギニア、そして沖縄で進められてきたバナナ調査研究の成果である。バナナ研究の成果が、立て続けに世にでている。

ちょうど昨年の本メルマガ2月号で、佐藤靖明さん(FENICS理事/民族植物学)が子どもむけに自身がつくられた『知りたい食べたい 熱帯の作物 バナナ』の紹介をしてくださったことが記憶に新しい(こちらも大人でも十分、新しい発見の多い素敵な本だ。https://fenics.jpn.org/mailmagazine/mailmagazine-vol-79-2021-2-25/)。

 
小松かおりさんによって世に出た本書は「バナナ」という食べ物をつうじて、バナナが生えているところでフィールドワークする研究者が集ってできたという、すてきな共同研究による記録である。2017年の12月に東中野ポレポレでの、FENICSとエンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(EC)のイベントを思い出される方もいらっしゃるかと思う。
小松さんは1999年のはじめ、「バナナの足」と名付けたチームでバナナ研究と海外調査を始動した。ひとつの「もの」を手がかりでに自分で歩いて調査を拡げていった鶴見良行の『ナマコの眼』がヒントになったという。「バナナ自身が、原産地から東西に拡散して世界中の熱帯で栽培されるようになったことをバナナの足で移動したとみたてて、伝播の歴史を再構成することを目標にしたことがひとつ」、「できるだけたくさんの場所を自分たちの足で調査したい、という思いを込めた命名である」という(P58)。
  
佐藤さんが「バナナは必ず、人が運ばないとだめなんだよ」と言っていた。つまり、バナナは突然変異で種がなくなり、株を移植することで増えていく。ほしいバナナがあれば、子株をわけてもらう、という人の手を介して広まっていった。それだけでも、わくわくする。  
小松さんはいう。「バナナにはふたつの世界がある。ひとつは、わたしたちが毎日食べているバナナの世界である(略)もうひとつの世界は、バナナを栽培している地域に根差したバナナの世界である」(「はじめに」P1)。
つまり、日本人が日常的に食べる果物、あまりに「ふつう」の果物であるが、それがどう世界とつながっているのか、故郷がどこか・・などと考える機会もないほどその存在が「あたりまえ」にもなっている。バナナを主食とする人びとが、自分の家のバナナの畑がいかに美しいか、とうとうと語りあう、バナナへの愛にあふれた日常があることなど、想像もできまい。  

また、四方篝さんが書いていたエピソードも思い出される(12巻『女も男もフィールドへ』)。初めての子育ての中、さまざまな困難があり、熱帯アフリカのフィールドと日本にいる自分とわが子の世界があまりにかけ離れ、フィールドワークの継続について自身でも疑問をもちフィールドワーカーとしてのアイデンティティを失いそうなったとき、バナナの絵とともに子どもむけの歌がTVで流れてきたという。日本での日常とフィールドがつながったという。
バナナは、遠いと思われがちな熱帯の世界を知る、大事なアイテムでもある。
 
バナナ――植物、食べ物、モノとしての魅力。人間との関係の多様性の魅力。子どもたちと世界の広さ、深さ、多様性を考える際の身近なきっかけとして、その調査、研究手法、教育手法としても参考になる一冊だ。
 
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5. FENICSからのお知らせ
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今年度は持ち込み企画もあり、嬉しいかぎりです。来年度の企画を募集中です。発表の場、トークイベント等ご希望の方、「こんな話が聞きたい」等、お気軽にご相談ください。
fenicsevent[at]gmail.com
 
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6.FENICS会員に関するニュース
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フィールドワーカー関係者に関連する話題ですので、ご紹介します。

FSコロキアム「コロナ状況下で教える/はじめるフィールドワーク」

現在、私たちはコロナ状況に入ってから3年目を迎えようとしています。この間、東京外大AA研フィールドサイエンス研究企画センターは、コロナ状況がフィールド・ワークにどのように影響しているかについての情報を収集・発信してきました。2020年度に開設された特設サイト「COVID-19とフィールド・ワーカー」では、ブログという形で欧州やアメリカ大陸を含めたフィールドの情報が集められ、今なお更新が続いています。これからフィールドワークをはじめようとする院生や若手研究者に対する教育における支援のあり方について真剣に検討すべきであることが確認されました。

そこで、今年度第2回目のフィールドサイエンス・コロキアムは、人類学、言語学、歴史学、三つの分野のコロナ禍の取り組みをご紹介し、コロナ状況下におけるフィールドワーク教育の現状と課題について議論します。
  

<プログラム>
日時 2022年3月18日(金)14:00-16:00
場所 オンライン会議室(Zoom)
※参加登録:こちらのフォームからご登録をお願いします。
 
※参加費無料。
 
14:00 開始 アナウンス・趣旨説明
 
14:10 野林厚志(国立民族学博物館)
「オンライン教育と調査の1つの課題:情報の「見えない」脈絡をどう引き出すか」
 
14:30 小西いずみ(東京大学)
「コロナ禍における日琉方言研究の支援活動」
 
14:50 山本浩司(東京大学)
「コロナ禍中の歴史研究とピアサポート:歴史家ワークショップの事例から」
 
15:10 コメント:椎野若菜(AA研)
15:20 ディスカッション
16:00 終了予定
 
共催 アジア・アフリカ言語文化研究所フィールドサイエンス研究企画センター(FSC);
人間文化研究機構広領域連携型基幹研究プロジェクト「アジアにおける「エコヘルス」研究の新展開」民博ユニット「文明社会における食の布置」;
科学研究費補助金基盤研究(A) 「『全国方言文法辞典』データベースの拡充によ る日本語時空間変異対照研究の多角的展開」(20H00015, 代表: 日高水穂);
Historians’ Workshop 歴史家ワークショップ
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以上です。お楽しみいただけましたか?
みなさまからの情報、企画、お待ちしています。
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
FENICSウェブサイト:http://www.fenics.jpn.org/