FENICS メルマガ Vol.52  2018/11/25 
 
東京もすっかり冬の空気になってきました。みなさまの地域はいかがでしょうか。これからクリスマス、年末にむけまっしぐらの時期ですがまず来月初めの12月1日、いよいよFENICSイベント「ジャーナリストとフィールドワーカー」が吉祥寺で開催されます。フィールドワーカーとマスメディアの貴重な交話の始まる機会です。
 
それでは本号の目次です。大平さんの子連れフィールドワーク連載も最終回となります。
お楽しみください!
 
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1.  今月のFENICS
2.子連れフィールドワークの道(連載)(大平和希子)
3.フィールドワーカーのおすすめ(澤柿教伸)
4.FENICSイベント     
  12月1日@武蔵野公会堂、吉祥寺:「ジャーナリストとフィールドワーカー」 
5.会員の活躍(山崎哲秀)
          
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2.子連れフィールドワークの道(連載)
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子連れフィールドワークの道 −ウガンダ・乳児・滞在後半編−最終回
大平和希子(国際関係学・東京大学大学院博士後期課程)
 

写真:  友人に抱っこされて笑顔を見せる息子 

 ウガンダに到着してから11日目。始めて息子と離れ、カンパラ市内で調査に出かけた。目的は、現地新聞社でとある記事の原本を探し、コピーを取ってくることだった。用を済ませた後は市街地で夫と息子とランチを食べる約束で家を出た。
エンテベ空港で3ヶ月ぶりに父親に会っては泣き、ウガンダの友人たちが駆け寄ってこればこれでもかと思うほど大泣きしていた息子。友人たちがどれだけ息子が泣こうが関わり続けてくれたおかげで、ウガンダ人たちにもウガンダの暮らしにも少しずつ慣れてきたようだった。息子と笑ってバイバイし、清々しい気持ちで私は新聞社に向かった。

 ウガンダでは目当ての新聞記事一つ探すにも時間がかかる。1990年4月〜7月までといった感じで、年代ごとの新聞記事がバインダーには収められてはいるのだが、日付順に並んでいないどころか、物に埋もれてぐちゃぐちゃに置かれている状態だ。「1990年6月3日の記事を探している。」と伝えると、スタッフがバインダーを引っ張り出してきてくれるのだが、なかなか出てこない。ようやく見つかった記事のコピーを取るためには、申請書を書き、支払いは別の場所まで行き、支払い証明書を持ってまた図書館に戻る必要がある。思った以上に時間を費やし、市街地に向かったのは12時過ぎだった。

 近年、カンパラ市内の渋滞は悪化の一途をたどる。乗り合いバスに乗り、10分ほどの距離を1時間かけて移動。疲れて果てて待ち合わせ場所に着くと、夫と息子はまだ到着していなかった。電話をかけてみると、ウーバーに乗って自宅を出たのはいいが、同じく渋滞に巻き込まれ、まだ家からさほど離れていないところにいると言う。息子は、おっぱい以外の飲み物をまだ口にしたことがない。この暑い中、エアコンも効かず、盗難防止のため窓も開けられない車内に閉じ込められ1時間半。脱水症状を起こさないかとにかく心配だった。

 到着すると元気そうだったので安心した。おっぱいをやりながら夫に話を聞くと、汗で髪をびしょびしょにしながらも、車の中から窓の景色を見て楽しんでいたようだった。脱水症状を起こすようなことにはならなかったが、離乳食の進みが遅くとも、水やお茶などの水分は取れるように準備をしてからウガンダにこれば良かったと反省した。

 後日、友人のつてで政府高官にインタビューする機会にも恵まれた。この時も、何の不安もなく息子を置いて出かけることができ、次回フィールドワークへの心の準備がだんだんと整ってきた。次回は、カンパラ市内ではなく、ウガンダ西部の田舎へ入ることになる。環境が違うし、その頃には息子も2歳。走り回るようになる息子を連れてのフィールドワークはなかなか想像がつかないが、「なんとかなる!」と思えただけでも、10ヶ月の息子を連れて今回ウガンダに行った甲斐があったと思う。次のウガンダ滞在、息子がどんな表情を見せてくれるのかが今から楽しみでならない。
 
(おわり)
 
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3.フィールドワーカーのおすすめ
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「探検と冒険ゼミ」の挑戦
澤柿教伸(法政大学・氷河地質学、FENICS理事)
 
 探検や冒険,登山,旅,さらには民族調査やボランティア活動まで,世界を舞台に活動を続けている行動者たちのネットワークである「地平線会議」という団体がある.大学の探検部や山岳部の出身者をはじめ,国内外のフィールドでの体験をかさねた人たちが中心メンバーとなって1979年に発足し,普通の勤め人や主婦なども次第に参加するようになり,今年でその活動は40年目を迎える.毎月欠かさず定例で開催されている地平線報告会に,今年の3月からゼミ生を連れていくようになった.6月には,FENICSでもおなじみ,東京外国語大教授の星泉さん(言語学・チベット)の報告もあったりして,学術メインではないけれども,FENICSともコンセプトを共有できそうな団体であるとも思っている.
 私は,「氷河地質学」を専門とし,極域や高山域などで野外調査を行ってきたフィールドワーカーであり,本格的に山登りを始めた学生時代から通算すると,30年余の歳月を山岳域や極域の雪氷圏で過ごしてきた.4年前に首都圏の大規模私大へと転職したのだが,主に大学院生を相手にしてきた前職場での理系研究最前線からすれば,分野も対象も180度転換した環境に飛び込んできたといってよい.
 転職してきた先は社会学部で,フィールドワーカーシリーズ第7巻「社会問題と出会う」は参考になる事例が多く,大いに助けられているのではあるけれど,自分の専門である「氷河学」とは縁もゆかりもない分野であることは否めない.そこで思い切って,自らの専門性に蓋をすることを覚悟で,新たに主催するゼミを「探検と冒険ゼミ」と呼ぶことに決めた.この3月にゼミ第一期の卒論生を送り出したところではあるものの,依然として,これまでとは全く異質の学生を相手にした指導に,さまざまな戸惑いや試行錯誤が続いている.

 こうした中,日頃の鬱憤を晴らすかのように「地平線報告会」に通い続けるうちに,これをゼミ指導に活用できないだろうかと思うようになった.第一線の探検家やジャーナリストや研究者の報告を聴講し,その内容をゼミの題材として取り上げることで,探検や冒険という行動を通じて社会への見識を深めることを狙ったわけである.毎月発行される地平線通信にゼミ生たちが議論した内容を掲載してもらうことも課して,単なる聴衆に終始してしまわないように配慮した.

 この10月には「地平線会議40年祭」が2日間にわたって行われた.ゼミ生たちを連れてくるようになった時期がこの節目と重なったことは,偶然とはいえ意義あることだと思った.40年祭には必ず参加するようにゼミ生たちに指示したのはいうまでもない.しかし蓋を開けてみると,2日間の全プログラムを制覇したゼミ生はおらず,部分的なつまみ食いに終わってしまっていた.

 お祭り行事にあわせて,地平線会議が過去15年にわたって毎月欠かさず発行してきた通信のフロントページだけを集めた『地平線・風趣狩伝』も刊行された.これは,地平線会議の設立理由である『世界各地で積み重ねられている日本人の貴重な「地球体験」を記録として残していこう』という大きな目的を結実させたものであり,個々人の営みであった行動の記録を一所に集成してそれに時代背景を添えて残している.まさに一級の記録であり,インベントリーであると評価できる.

 ところで,近刊の好著「ホモ・デウス」(ユヴァル・ノア・ハラリ著)の導入に「行動に変化をもたらさない知識は役立たない.だが,行動を変える知識はたちまち妥当性を失う」と,歴史の知識のパラドクスを指摘する箇所がある.歴史をよく理解するほど,歴史は早く道筋を変え,既得知識は早く時代遅れになるという.つまり,知識の増大は変化の加速と増大を生み出して将来予測をさらに困難にする,というイタチごっこが起きてしまうというのだ.これに従えば,歴史的集成記録は,それが一級であればあるほど早く時代遅れになる宿命を有することになる.

 予測困難な将来に立ち向かう姿勢もまた「探検や冒険」であるとするなら,探検や冒険が自ら生み出す情報は,次への指針となると同時に目指す対象すら生み出している,と言って良いのではなかろうか.地平線通信もまた,そのような「行動を変える知識」としての素質を備えたものであるといえよう.

 このように,歴史資料は,それを直接経験していない世代にも次への指標を示してくれるものである.ただ,その指標を受け取るには,直接の経験を有しない次世代が,語りや記述で知り得た歴史を実感へと変換する「受容体」とでも言うべきスキルを持つ必要がある.実のところ,わがゼミ生たちは,「さとり世代」あるいは「コスパ意識世代」とも称される世代.みどころ満載の40年祭ですら「つまみ食い」で終わらせようとしてしまったのは,まさにその現れである.所詮は,探検や冒険への強烈な志向というよりは,ユルユルのゼミ運営のお得感と漠然とした興味に惹かれて集まってるといったほうがよいのだろう.しかも,齢二十前後と若い彼らは,自らなにかを成し遂げてきた経験がまだほとんどないといってよく,残念ながら歴史に感化される彼らの「受容体」は未成熟である.よほどの自惚れかませた好奇心でもないかぎり,地平線会議の40年の歴史や不断の継続性の意義を自らつかみ取ることは相当に困難であろうとも思う.

 ゼミ生たちは今,11月末に開催される学部研究発表会でこの半年間に見聞きしたことをプレゼンすべく作業を進めている最中である.この考察をゼミ生たちに伝えるべきかどうか,自発的な気づきに期待するのがよいのかどうか,一指導教員としてはまだ答えは出せていないが,アカデミアの営みに「受容体」の育成が期待されるとすれば,それはそれで使命を果たしつつあるのではないかとも思ったりしているところである.

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4.FENICSイベント
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12月のFENICSのイベント「ジャーナリストとフィールドワーカー」
 
マスメディアとフィールドワーカー』(http://www.kokon.co.jp/book/b308086.html)の発刊を記念して、著者3人と書評をかいてくださった方をお招きしてFENICSイベントを開きます。
お誘いあわせのうえお越しください。フィールドワーカーとマスメディアの関係性をさぐる貴重なライブイベントです。まだお手元にない方は、ぜひFENICS割引きで!
 
開催日時 12月1日(土) 13:30~16:30
開催場所 武蔵野公会堂2F 第1・第2合同会議室(吉祥寺駅南口から徒歩5分)
 
キッズルームもあります、お子様連れで!
 
<プログラム>
福井幸太郎(立山カルデラ砂防博物館 自然地理学)「マスメディアに追い込まれつつ調査した日本の氷河」
小林誠(東京経済大学 社会人類学)「『沈む島』ツバルをめぐるメディア報道とフィールドワーカー」
村橋勲(日本学術振興会 文化人類学) 「南スーダンをめぐる一過性のメディア報道とフィールドワーカーが捉える現状」
コメント 櫛引 素夫(青森大学 専門地域調査士) 
「取材者・調査者・対象者の狭間をどうみるか、どこに自らの身を置くか」
 
ディスカッション
 
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5.FENICS会員の活躍
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山崎哲秀さん(犬ぞり北極探検家、13巻『フィールドノート古今東西』担当執筆)
 
◆11月19日に北極に旅立った山崎さん、10月に小学生中高学年を対象にした『犬ぞり探検家が見た!不思議な北極のせかい』
repicbook(リピックブック)社 http://repicbook.com から出版。
 
「北極と南極の違い」「北極に外界の人々が関わるようになった歴史」「北極の自然」「住んでいる先住民族の人々やその暮らし」「先住民族の伝統文化」「北極の環境」のこと
などなど、北極全般の話を書いています。先住民の話については、ホームグラウンドであるグリーンランド北西部地方をベースとしています。
 
◆アバンナットカレンダー2019を販売開始しました。 
壁掛けタイプの中綴じ冊子カレンダー(見開きでA3サイズ、297mm×420mm)です。写真にはドックチームの犬たちを中心に、北極の自然や犬ぞり風景を選択しました。
一部1,000円(送料込)
カレンダーの売上げは、アバンナット北極プロジェクトの遠征費の一部(通信費や装備輸送費等)として使用させていただきますので、どうぞご協力をよろしくお願いいたします。
連絡:avangnaq@gaia.eonet.ne.jp
 
山崎哲秀ブログ 「北極圏をテツがゆく」 → http://avangnaq.blog.jp/
 
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以上です。
今月のメルマガはいかがでしたか。お知らせ、いつでもご連絡ください。発信、掲載いたします。
FENICSと共催・協力イベントをご企画いただける場合、いつでもご連絡ください。
 
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お問い合わせ・ご感想などはこちらよりお寄せ下さい。
メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
FENICSウェブサイト:http://www.fenics.jpn.org/

寄稿者紹介

大学院博士課程 at 東京大学

国際関係学


自然地理学 at 法政大学 |

1巻『フィールドに入る』分担執筆者)

FENICS理事