FENICS メルマガ Vol.53  2018/12/25 

メリー・クリスマス!

みなさま、クリスマスをどこでどのようにすごされましたか
フィールドに出られている方も少なからずいらっしゃるはず。
 
今年もこのFENICSでは、実際に会って聞く、話すライブのイベントを通じ、小さなつながりがいくつか生まれました。私が知らないところでもきっと何か新しいタネが生まれていることと期待しています。ぜひお教えください!

今年2018年1月は京都大学でのライフイベントにかんするFENICSサロンを始まりに、5月末の総会に伴った教育にかんするFENICSサロン、秋11月にはエンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(EC)上映会、そしてアラカワ・アフリカとの初めての共催で写真家×人類学者トーク、そして最後は『マスメディアとフィールドワーカー』発刊記念イベント、とおかげさまでそれぞれ特色のあるイベントが開催できたとおもいます。どれも異分野異業種の交流満載で、また若い学生さんも多くきてくれて、かけがえのない時間となりました。

刺激的な出会いが多くありました。昨年12月に開催した『社会問題と出会う』発刊記念のFENICSイベント以来、高校での本書活用の推進のため、高校の先生方と何度かミーティングを開いています。こうして少しずつ築かれているネットワークをつうじ、来年からも、何か新しいものをともに生み出していきたいものです。なにとぞよろしくお願いいたします。
 
個人的には6月初旬の出産、産休後復帰、とかなり多忙になり第二子家庭ワールドのフィールドを体験真っ最中です。シリーズ編集も滞りがちで大変恐縮ですが、少しずつすすめております。そんななか、FENICSでともに活動している、知り合った方がたからも思いがけない応援ややりとりによって励まされています。とりわけ今年は、FENICSの会員のなかでも出産される方が多かったように思います。
今月からの新しい連載は、そのおひとり、蔦谷匠さんのライフイベントのお話です。
 
それでは本号の目次です。お楽しみください!(椎野)
 
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1.今月のFENICS
2 フィールドワーカーのライフイベント(連載1)(蔦谷匠)
3 FENICSイベントレポート(吉國元)
4.会員の活躍(四方篝)            
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2.フィールドワーカーのライフイベント(連載)
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おっぱい研究者の子育て〜妊娠・出産編〜
 
蔦谷 匠(海洋研究開発機構)
 
 ふだん、ヒトの授乳や離乳など、「おっぱい」にまつわるいろいろのことを研究している私にとって、子供の誕生というライフイベントは、学んだ知識や理論を実地に検討するフィールドワークのようなものでした。椎野さんからお誘いを受け、何ヶ月かに渡って、そんな私の「フィールドワーク」について書いてみることとなりました。
 

病室から見えていた景色。さわやかに晴れた心地よい日が多く、窓を開け放していることが多かった。


 子供が産まれたのは、予定日から1日遅れた火曜のことだった。妻も研究者であり、わたしたちはふだん、神奈川と沖縄に別れて住んでいる。職場や上司の理解のおかげもあり、所属機関の休暇制度をフルに利用して、私は予定日の3日前に沖縄に移動した。……そう、3日前。私の所属機関では育休関連の制度がかなり整備されているほうだと思うのだけれど、やはり、夫婦の同居を前提としており、第一子の場合、育休や特別休暇 (男性のとれるものには、育児”参加”休暇という名前がついています!) は、子供が産まれた日からでなければ取得できなかった。予定日は前後2週間くらいずれることがあるけれど、出産日が後ろにずれて、ここでたくさん有給を消費してしまっても……という思いと、かといって出産が前にずれてしまったらどうしよう……という思いのあいだをとり、3日前ということになったのだった。

 妊娠期間中、妻は比較的元気で、つわりの時期に眠気が増した以外は、ほとんど普段と同じような生活を送れていたそう。実際、予定日の2日前には山羊汁を食べに行き、予定日当日にも職場に顔を出したりしていた。実は沖縄では、妊婦が山羊を食べると陣痛が来るという民間伝承があり、食いしんぼうの私たち夫婦は、これを口実に、早く産まれて来てね〜と、おいしい山羊汁を食べに行った。

 そのかいあってか、予定日当日の夜中に妻は破水し、眠い目をこすりながらの入院となった。破水はしたものの陣痛はなかなかやって来ず、翌日の午後に陣痛促進剤を使いはじめた数時間後、お腹のなかの子供の心拍が急に低下し、たくさんのお医者さんや助産師さんたちが大急ぎで駆けつけ、「旦那さんは外でお待ちくださいね」とすぐに部屋の外に出された (ちなみに病院で「旦那さん」とか「ご主人」と呼ばれるのにも、妻は犬かなんかじゃないわい! ととても抵抗がありました)。このとき、緊急帝王切開で子供を取り出すことが決まった。お医者さんより緊急帝王切開の説明を受け、配偶者として私がその場でサインをしたのだけれど、このときなんとなく旧姓を書いてしまい (改姓はどれだけ面倒なのかを体験してみようと、結婚に際して私のほうが姓を変えました)、「奥さんとはどういうご関係ですか…?」と訝しげに質問されたことを覚えている。

 帝王切開でも、希望していた立ち会いができるようで、ほっとする。用意されていた服に着替えて手術室に入ると、手術台の上に、酸素吸入のマスクをつけた、ものものしい雰囲気で妻が寝ており、チューブやケーブルがいろいろ伸びている。青いカバーの部分は無菌状態なので触らないでくださいと説明を受け、手術が開始された。直視するとなかなかえぐい気持ちになる器具 (先端が曲がったステンレスのくつべらのような) で妻のお腹の切開部分が持ち上げられているのを横目に眺めつつ、妻の手を握っていると、ものの5分から10分ほどで子供が取り出されてきた。

 手術の後、新生児室のガラス越しに子供を眺め、脈拍を測り血栓を防止する機械と点滴に繋がれた妻の横のベッドで寝ているとき、いまのところ無事に物事が進んでいるという安心感とともに、圧倒的な無力感を感じたのだった。ヒトの繁殖生理のことはひととおり学んだのに (あるいは学んだからこそ?)、妊娠も出産も授乳もできない男性である自分の頼りなさが強烈に意識されてきた。せめて、自分ができるところだけはしっかりできるようにしておこう、と心を引き締めた。
 
(つづく)
 
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3.イベントリポート(吉國元)
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公開講座『アフリカの生/ 性について、文化人類学と写真表現』
 
 アラカワ・アフリカ × FENICSのトークイベントは実質上、gallery OGUMAGで写真展を開催していた写真家、藤元敬二とにのみやさをりの展覧会『聴くこと』とのコラボレーションでもあった。展示されていた二人の写真作品と言葉、造形物と世界観に僕らは圧倒され、だからというわけではないが、トークイベントは急遽ギャラリー2階の和室で行う事にした。

 スライドを映すスクリーンは真っ白なシーツを画鋲で壁に止めたもの。畳に胡座をかきビールを片手にアフリカに想いを馳せるのも良いだろうな、というのが私たちのプランだった。きしむ窓を開けると、おぐぎんざ商店街の賑やかな音やこどもの歓声がその和室を吹き抜ける。運良く当日は晴れ、30人ほどのお客様を迎える事が出来た。FENICS代表の椎野さんはこの日初めて藤元さん、にのみやさんと会う事となる。異なる世界にそれまで住んでいた三人だが、三者を知る僕は共通するものがある筈だと、そんな手応えを感じていた。
 
 最初に登壇して頂いた椎野さんにはケニアに於けるルオ人の「妻相続」の慣習について話して頂いた。夫を亡くした妻は、その夫と婚姻関係を結んだまま、夫が「兄弟」とよぶ間柄の男性に代理の夫となってもらう。ジェンダー分業や経済的理由も背景もあるこの慣習がルオ社会の生/性のあり方であり、椎野さんはその村の家族と共に生活をし、「娘」になる事で村のあり方を観察し記録してきた。代理の夫を持つ関係は「テール関係」と言われ、代理夫は「ジャテール」と呼ばれる。何ともアフリカらしい響きに僕の心はざわめいた。椎野さんの発見は、ルオ人の女性にとっては受動的な婚姻関係が、夫を亡くし代理夫との関係となると、その女性の主体性が優先される事である。

 また特に考えさせられたのは、その慣習の中で80年代以降HIVエイズが蔓延した時、観察者として、人類学者として何をすべきか、またはすべきでないかという、突きつけられた鋭い問いをつけられた事であった。近代的価値観や科学的根拠でその慣習を批判する事はあまりに容易い。また死に至る病を目前にし、単なる観察者としてそれをそばで見届ける苦しさもある。声高に感染予防を啓蒙し、手を引っ張り、彼ら/彼女達を治療所に連れていくべきなのだろうか?求められるような「正しい答え」ではなく、その時代や環境に適応した伝統への解釈と実践がその都度必要となるようだ。
 
 一方藤元敬二さんにはケニアに於ける同性愛コミュニティーと、それを取材した彼の写真集プロジェクト『Forget-me not』について話して頂いた。写真は力強い。言葉や観念としての「アフリカ人同性愛者」ではなく、名を持った一個人が写真の中で息づき、ヴァルナブル/無防備で傷つきやすい、身体をカメラの前で弛ませ、静かな眼差しでこちらを見返している。もちろん藤元自身も同性愛者であるという理由からこの環境に溶け込みほとんどありのままの彼らの姿を撮影出来たのかもしれない。しかしセクシャリティーの側面に加え、藤元さんの懐に切り込むような人柄と、世界をどのようにな捉えるかという、ある種通低音としての彼の視点があるからこそ、これらの写真はある気がした。彼のパーソナリティーの中で、セクシャリティーの側面はほんの一部ではあるまいか。人類学者とはまた違う、アーティストとしての、「実践」の例を見せてくれたと思う。
 
つづきは こちら https://bit.ly/2EMsJnZ

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4.会員の活躍
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日本熱帯生態学会年次大会にて初めての託児サービスを開設
四方篝さん
(12巻『女も男もフィールドへ』執筆者)

 113JasteNL_四方のサムネイル四方さんの所属している日本熱帯生態学会において、学会始まって以来の託児サービス開設にこぎづけ、無事に実施できたとのことです。開設にあたって数回にわたる、フィールドワーカーにかんするFENICSイベントでの経験がとても活きた旨、お伝え頂きました。
今回のやりとりを経て、男女共同参画を任命されるといういきさつがあったとか。
 
12巻を機にひろがるネットワークで、育児フィールドワーカー盛り上げていきたいと思います。
詳細はこちらで⇒
 


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以上です。
今月のメルマガはいかがでしたか。お知らせ、いつでもご連絡ください。発信、掲載いたします。
FENICSと共催・協力イベントをご企画いただける場合、いつでもご連絡ください。
 
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メルマガ担当 椎野(編集長)・澤柿
FENICSウェブサイト:http://www.fenics.jpn.org/

寄稿者紹介

霊長類学、自然人類学 |

(霊長類学、自然人類学)


画家 |

1986年ジンバブウェ・ハラレ生まれ。画家。1996年以降は日本を拠点に活動。